5話 村に向かう途中
ミナに手を引かれるようにして、マルトは森の中に座っていた体をゆっくりと起こした。立ち上がると、思ったより体は軽く、傷の痛みもほとんど気にならなかった。
「じゃあ、行こう!マルトお兄ちゃん!」
そう言って先に立ち上がったミナが、嬉しそうにマルトの前を歩き始める。
森の道はまだしっとりとしていて、踏みしめるたびに葉や土がやわらかく沈んだ。木々の間から差す光がまぶしい。
「ねぇ、マルトお兄ちゃん。私が案内するから、ぜったい迷わないよ! この森、もう何回も来てるし!」
自慢げに胸を張るミナ。その姿がなんだか可愛らしくて、マルトは自然と笑みをこぼした。
「そっか。頼もしいな、ミナは」
「でしょ? 薬草とかもちゃんと見分けられるんだよ。お母さんが教えてくれたの。だから、村の人にも“えらいね”って言われるんだ〜」
その誇らしげな口ぶりがどこかくすぐったい。
まっすぐで素直で、年相応の無邪気さ。
――そういえば、とマルトはふと思い出す。
事故で助けた、あの子もこれくらいの年頃だったかもしれない。 泣きながら誰かにしがみついていた、あの姿がふと重なって見えた。 今こうして隣にいる少女は、あの時守れた命の先にある日常なのかもしれない。 そんなふうに思うと、胸が少しだけ温かくなった。
「そういえばさっきみたいに魔物に会うこと……よくあることなの?」
「え? あれは、ほんとにたまたま。薬草採りに来て魔物に会ったの、初めてだったの。いつもは平気だよ!」
「そっか……よかった」
「うーん、そうかも。でも、村でだれかが怪我したって話はあんまり聞いたことないよ」
ミナの声は軽やかだったが、話の内容にはそれなりの現実味があった。
この世界では、魔物との共存がある意味“日常”なのだろう。
「でもね、大きくて凶暴な魔物が、十年に一回くらい来るんだって。昔、すっごいおっきな魔物が来て、近くの町から強い人たちが来たって聞いたことあるよ」
「……なるほど。冒険者だろうか。異世界の定番だな」
マルトはうなずきながら、その“大人のすごい人”――冒険者に、自分がなれる可能性を、ほんの少しだけ考えた。
無理かもしれないけど、ここで生きていくには、それくらいの覚悟はいるのかもしれない。
危険だろうけど、少しだけわくわくする。
「そういえば、村ってどれくらいの人が住んでるの?」
マルトが何気なく尋ねると、ミナは少しだけ考え込んだ。
「んーとね、いっぱい!」
「いっぱい?」
「うん、そんちょうさんが言ってたの。“ごじゅうにんぐらい”って。ミナね、まだ大きい数わかんないけど、いーっぱいってこと!」
ミナはそう言って両手を思いっきり広げた。マルトは思わず笑った。
「なるほど。五十ってのは、たしかに“いっぱいいる”数だな」
「でしょ? いーっぱい住んでるの! ミナね、みんなの名前もちゃんと知ってるんだよ!」
「ミナはえらいなー。」
マルトはふと自分の手を見下ろした。血がにじんだ掌。まだ頼りないけど、それでも――
「……オレも頑張らないとな」
この村で、しばらく暮らすことになるのかもしれない。けれど、知らない土地、知らない人々の中で――自分がうまくやっていけるのか、不安がある。マルトがふと考え込んでいると、ミナが明るい声で問いかけてきた。
「マルトお兄ちゃんって、どこから来たの?」
「んー……遠くのほうから。こっちのことは、全然わかんないんだ」
「じゃあ、いっぱい教えてあげるね! ミナの村のこととか、森のこととか、薬草のこととか!」
「頼りにしてるよ、ミナ先生」
「えへへ、まかせて!」
無邪気に笑うミナが、マルトの手を引いて森の小道を駆け出した。
その背を追いながら、少しだけ不安が和らいだ気がした。