4話 目に映る世界の違い
森の空気は澄んでいて、風がやわらかく頬を撫でていく。
地面に座り込んだまま、マルトはしばらくのあいだ、ぼんやりと空を仰いでいた。
「……倒れたの、久しぶりかもな……」
息は落ち着いてきた。身体に走っていた痺れのような感覚も、いまは消えている。
傷の痛みも、そこまでひどくはなかった。極度の緊張だった。
ふと、周囲を見渡す。 木々の間から差す光が、やけに鮮やかに感じられる。
枝の葉まではっきりと見えるほど、視界がくっきりしていた。
「……視力、良くなってる?」
思わず呟いた。そう、以前の自分は眼鏡が手放せなかった。
そう思ってみれば、たしかに転生前はメガネが手放せなかった。社会人になってからは、目の疲れで頭痛に悩まされることも多かった。
だが今は、眼鏡がはっきり見える。
「体も、軽い……」
無理に動かなくても、わかる。まるで、重りが取れたようだった。
あれだけ全力で動いたのに、筋肉痛ひとつ残っていない。
――若返ったのか?
それとも、これが“転生”ってやつの影響なのか。
少しだけ、周囲を観察してみる。
服は布製で、継ぎ接ぎはない。縫製は荒くはないが、現代的でもない。靴も同様。特別に豪華という印象はないが、しっかりとした作りだ。
文明レベルは、正直よく分からない。
少なくとも魔法はある。でも、他に道具や施設を見たわけでもない。
「……神様、もう少し世界の説明してくれても良かったのに」
口に出して、ため息がこぼれる。
「転生先は異世界です。剣と魔法のあるタイプ。」って、それだけ言い残して送り出すとは。
言語の問題がなかったのは助かったけど……。
「ほんと、説明不足もいいとこだよ……」
「せめて地図とか、基本ルールとか。まあ、そのへんの気軽さも“あの神様らしい”けど。」
自分の置かれた世界の姿はまだ霧の中だ。でも、不思議と焦りはない。
転生という非現実を経て、それでもこうして誰かに助けられ、誰かを助けられた。
さっきの少女――ミナがそばにいる。それが、今のマルトには何よりの安心だった。
そのミナが、少しだけ姿勢を正して口を開いた。
「……ねえ、マルトお兄ちゃん」
マルトが顔を向けると、ミナは柔らかく笑った。
「さっきは、助けてくれてありがとう。……私、これから村に帰るんだけど、マルトお兄ちゃんも一緒に来ない?」
マルトは少し驚いたように瞬き、それからゆっくりと頷いた。
「……ああ。助かる。案内、お願いしてもいいかな?」
「うん!」
ミナは明るく返事をして、少しだけ立ち上がった足元を見たあと、手を差し出す。
マルトはその手を見て、小さく笑った。