3話 村人との出会い(少女視点)
風がそよぎ、木の葉がさらさらと鳴った。
森の奥に差し込む光はやわらかく、あたたかい。
少女はしゃがみ込み、薬草の葉を指先でつまんだ。根を傷つけないように、そっと。
何度も来た場所。迷わないし、怖くもない。
けれど、今日は――空気が違った。
鳥の声が、ぴたりと止んだ。
風も、息をひそめたように止まった。
少女が顔を上げた瞬間、茂みの奥から黒い影がぬっと現れた。
赤い目。大きな体。毛むくじゃらの獣。牙。背中に棘のような毛。
魔物だ。
少女は一歩、二歩と後退る。けれど、根に引っかかって足を取られ、そのまま尻もちをついた。
魔物が低く唸り、距離を詰めてくる。もう、数メートルもない。
「おいッ!!」
草が揺れて、誰かが飛び出してきた。
男の人。若い。でも顔は必死で、手には細い枝しか持っていなかった。
「来んなよ……来んなって……っ!」
その人は、少女の前に立った。
魔物が飛びかかる。
枝がはじけ飛び、男の肩が裂ける。
服の上から浅く切られたらしく、少しだけ血が滲んでいる。
「くそっ……!せめて枝と服も強化してりゃ……!」
それでも、男は顔をゆがめるだけで、立ち止まらなかった。
すぐさま足元の石を拾い、思いきり投げつける。
石は魔物の鼻先に当たった。
わずかにひるんだ――その一瞬。
「……強化!」
その言葉とともに、男の足元が淡く光った。
次の瞬間、蹴りが魔物の頭に叩き込まれる。
魔物はふらついたが、すぐに起き上がる。怒りの声をあげて、もう一度跳びかかる。
「もう一回……!」
男は踏み込んで、拳を構えた。
今度は足元と拳が淡く光り、拳が魔物の顎を撃ち抜いた。
魔物は弧を描くように倒れ、そのまま動かなくなった。
男は膝をつき、肩で息をして――静かに崩れ落ちた。
少女は急いで駆け寄った。
「……大丈夫……?」
返事はない。だけど、息はしている。
額に汗。肩に小さな傷。呼吸は浅くて不安定。
少女は近くの沢に走って、布を濡らして戻った。
そっと額を拭く。知らない人。でも、自分を助けてくれた。命がけで。
しばらくして、男がまぶたをわずかに動かした。
「……う、うぅ……」
目を開けた男に、少女は皮袋を差し出す。
「はい、お水。飲める?」
男はゆっくりと袋を受け取り、ごくごくと飲んだ。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……助かった……本当に、ありがとう」
そして、空を見たあと――少し照れたように言った。
「俺は……マルト。そう名乗ることにしたんだ」
"地味でノーマル"の“マル”だから。
それに、ハヤトとかユウトとかマサトとか、カッコいい名前にちょっと憧れてた。
だから、マルト。
少女はちょっとだけ驚いた顔をして、にぱっと笑った。
「私、ミナ!」
森の静けさに、その声はまっすぐ響いた。
ミナはヒロインとかじゃないです。元気で明るい子です。