2話 ステータス画面、どこですか?
草の匂いがした。
湿った土と草木のにおい。それが、最初に感じた“現実”だった。
目を開けると、そこには――見たことのない、けれどやけに鮮やかな空が広がっていた。雲はゆっくり流れ、風はどこか涼しくて澄んでいる。
「……どこだ、ここ……」
身体を起こそうとして、自分の手を見た。
驚くほど、細くて、白かった。筋ばった中年の手じゃない。指の節も、爪の形も、何もかもが若い。
風が肌をなでる。服の感触が、微妙に違った。
綿のシャツでもTシャツでもない。ざらついたリネンのような素材。ゆったりしていて、袖口も少し長い。
「え、俺……若返ってる?」
声も軽かった。十代半ば、せいぜい高校生くらいの響き。鏡があるわけじゃないけど、なんとなくわかる。たぶん――転生、完了ってことだ。
うっすらと実感が湧いてくる。
でも、どこか他人事みたいな、夢の続きみたいな感覚もある。
「うーん……転生あるあるって言ったら、まずステータス画面かな」
言ってみて、自分でも笑いそうになった。
いや、でも、やってみる価値はある。
「ステータス……表示?」
……沈黙。
「ステータスオープン?」
……何も起きない。
「メニュー? ウィンドウ? 開けゴマ?」
どこをどうしても、空中にウィンドウは浮かばなかった。何かの音すらしない。ただ、風がサラサラと髪をなでるばかり。
「……やっぱ、チートはムリって言われたもんな」
それどころか、チュートリアルもなければ、ナビゲーションもない。
『まずは村に向かおう!』とか、『剣を拾ってみよう!』とか、そういう案内が頭の中に流れてくるわけでもない。
地図もない。クエストもない。ヘルプ機能もない。
「いや、リアルっちゃリアルだけどさ……もうちょい初心者に優しくしてくれよ……」
草の上に寝転がり、深く息を吸い込む。
空気が驚くほど澄んでいて、胸の奥まですっと通っていく。
さっきまでいた世界とは、明らかに違う。匂いも、風も、色も――全部が、少しだけ綺麗だった。
目を閉じて、耳を澄ます。遠くの方で鳥が鳴いている。虫の声も混じっている。風が草を揺らし、葉の音が小さく重なる。
こんな空の下なら――もう一度、ちゃんと歩けるかもしれない。
そう思ったときだった。
真っ白なローブの少女――あの神様の顔が、ふっと浮かぶ。
――「チートスキルって程ではないけど、“強化魔法”くらいなら使えるようにしてあげます」
「試すか……」
手をかざして、頭に思い描く。
――この靴、ちょっと丈夫に。
足元の革靴が、うっすらと光った……ような気がした。気のせいかもしれない。
でも、踏みしめたときの感触が、はっきりと違っていた。靴底が、確かに強くなっている。
「……おお」
思わず声が漏れる。
地味だ。限界まで地味だ。けど、ちゃんと魔法が使えた。
それだけで、少しだけ希望が生まれる。
異世界。知らない大地。知らない自分。知らない未来。
でも、なんだろう――
ほんの少しだけ、悪くない気がした。