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1話 神様からの評価は“地味”でした

 視界いっぱいに広がるのは、白い空間だった。床も壁も空もない。まるで夢の中にいるみたいな感覚。


「……ここ、どこだ?」


 声に出した瞬間、目の前に“それ”は現れた。ローブ姿の少女。年齢は見た目十代半ば、けれど目の奥に宿る光はずっと年上のものだった。


「おはようございます、熊本太郎さん。ようこそ、転生ロビーへ。あ、あなただけですよ。今日は空いてるんで、じっくり話しましょう」


「貸し切りって逆に怖いわ」


「初めまして。あ、私は神様です。大雑把に言うと」


「神様って……なんか思ってたのと違うな。もっとこう、壮年男性で白ひげの……」


「そういうの飽きたんで。いまはこのアバターでやってます。好評ですよ? 一部界隈で」


「界隈って……」


「で、本題ですが……あなた、ついさっきトラックに轢かれて、即死しましたー。合掌」


「……いやいやいや、そんなテンポで“死”言われても」


「ほんとに即死だったんで。即死ランキングでも上位ですね」


「そんな不名誉ランキングが存在するのかよ……」


「ないです!ふふふ」


 少女――いや神様はにこにこと笑っている。軽すぎる対応に困惑しつつも、記憶は確かだった。あの時、道路に飛び出した小さな子どもを庇って、俺は……。


「……あの子は……無事だったのか?」


 思わず出た言葉に、神様は一拍だけ真顔になって、ふわりと頷いた。


「うん。無傷でした。ちゃんと助かってます。あなたが飛び出してなかったら……間に合わなかったです」


「……そっか。良かった……」


 心が、じんと熱くなった。身体の感覚も、現世のものとは違うのに、胸だけが不思議と締め付けられる。


 あの子の泣く姿が、目に焼きついていた。必死に叫んでた。道路の向こう側で、誰かにしがみついて泣いていた。けど、生きてて良かった。本当に、それだけで。


「あなたの人生、ちょっと地味で、ちょっと不器用で、ちょっと報われなかったけど。最後のあれで、ぎりぎりセーフ。転生、許可します」


「地味で不器用はともかく、“ちょっと”じゃ済まない気がする……」


「ですよねー。でも、それがあなたの味ってことで」


神様はまた、いたずらっぽく笑った。

そして、こう続けた。


「……で、せっかくなんで。“流行りの転生”、やってみたくないですか?」


「流行ってんのか、それ……」


思わずツッコんだあとで、俺は苦笑する。


「……でも、俺なんかが転生してもいいのか?」


「うん、まあ“ギリギリ合格”ってとこですね。人生通算ポイントは微妙だったけど、最後の行動で一気にプラス入りました。いや~、神様的にも嬉しいサプライズでしたよ!」


「人生通算って……通信簿かよ」


 神様はタブレットのような光の板を操作しながら続ける。


「あなたは転生の予定になかったから少し強引な転生になりますけど。まあ、大丈夫!」


「ん?」


「気にしないでください。ということで、転生先は異世界です。剣と魔法のあるタイプ。ただし、チートスキルは――」


「チートスキル貰えるのか!?」


「うん。徳ポイントがちょっと足りなかった。ごめんね。でも……チートスキルって程ではないけど、“強化魔法”くらいなら使えるようにしてあげます。一時的に少し力を強くするとか、衣類や靴をちょっと丈夫にするとか、その程度の」


「……地味だけど、まぁ助かるな」


「でしょ? たとえば、腕の力を少し強くして丸太を運ぶとか、衣類が丈夫になってナイフで破れにくくするとか、地味だけど便利です。」


「そんな使い方、ちょっとだけワクワクするな……」


「ね? 地味って最強なんです」


 俺がボヤくと、神様はくすくすと笑った。


「でも、やってみたいと思ったんでしょ? さっき、“良かった”って、心から思ってくれたから。だから、もう一度生きることに意味を見出せるはずだって、私は信じています」


「……そうかもな。俺の人生、たぶん空っぽだった。誰かに必要とされた記憶なんて、片手で数えるほどだった。でも……最後に、ちょっとだけ誰かの役に立てた気がしてさ」


「よし、じゃあ決まり。太郎さん、異世界行きです!」


 神様が指をパチンと鳴らす。

 視界がぐにゃりと歪む。重力が戻り、匂いが、音が、空気が、俺の身体に迫ってくる。


「ちょ、ちょっと心の準備――」


 声が最後まで届く前に、太郎の姿は光に吸い込まれるように消えた。

 静けさが戻る。その場に残された神様は、小さくつぶやいた。


「……本当に、頑張って。あなたなら、きっと大丈夫だから」


 言葉は風のように静かに散っていった。けれどその響きは、確かに優しかった。

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