表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

10話 朝靄の一歩。労働も、悪くない

 まだ陽が昇りきらないうちに、マルトは鶏の鳴き声で目を覚ました。

 部屋の中は薄暗く、外の空気がわずかに冷たい風となって、わずかな隙間から吹き込んでくる。


 あたりは静かだった。

 村人の声もまだ聞こえない。

 ただ、遠くで誰かが斧を振るう音が、コーン、コーンと規則正しく響いていた。


(あれは……ガルドさんか)


 マルトは静かに体を起こし、ラナに借りた作業着に着替えた。

 昨日の夕食の余韻がまだ心に残っていたが、今日はもう“村の一員としての朝”が始まっている。


 食卓には、ラナが用意してくれた黒パンと干し果実が並んでいた。

 「勝手に持っていって」と昨晩言われたとおりに、それを布に包み、口に運ぶ。


 「……よし」


 深く息を吸って、戸を開けると、朝靄に包まれた村の風景が広がっていた。森の手前、小屋の裏手にガルドはいた。

 すでに何本もの薪が積み上がっており、その横に太い丸太がいくつも転がっている。


 マルトが近づくと、ガルドはちらりと一瞥しただけで、何も言わず斧をふるい続けた。


 コーン、と乾いた音が森の静けさに溶けていく。

 それが何度か繰り返されたあと、ガルドは斧を置き、丸太の束を指さした。


「それを……運んでくれ。納屋まで」


 短く、それだけを言うと、また自分の作業に戻る。


(よし、やるか)


 マルトは深呼吸し、丸太に両腕を回した。

 だが――


「うっ……!?」


 思った以上に重い。

 肩に担ぐことすらできず、ズルズルと引きずるような形になる。


(これを何往復もするのか……?)


 額に汗がにじむ。納屋までは歩いて数分の距離。森の土道はごつごつしていて、足もとがおぼつかない。


 一度、途中で手を滑らせて薪を落としてしまい、土埃が舞った。

 それでも、ガルドは何も言わなかった。見てもいないようだった。


 何往復かするうちに、マルトはふと思いついた。


(……そうだ、強化魔法)


 使えるといっても、派手な魔法じゃない。

 力をほんの少し底上げするだけの、地味でささやかな“強化”――けれど。


 マルトは胸の内で小さく呟いた。


「《強化》……腕、肩、背中」


 ほんの数秒、体がじんわりと温かくなる感覚が走る。

 再び薪に手をかけると――先ほどよりも、わずかに軽く感じた。


(よし……いける)


 今度は、丸太をしっかりと担いで運ぶ。

 一度も落とさずに納屋までたどり着いた。


 数本目の薪を運び終えたころ、ふと視線を感じて振り返ると、ガルドがこちらを見ていた。


 何も言わず、ただ、頷いた――ほんのわずかに。


 そのあと、少し間を置いて、口を開いた。


「……魔法は使えるんだな」


 マルトは息を呑んだ。


 確認するような低い声。

 いつから気づいていたのか――。


「……はい。少しだけ、体を軽くする魔法です。力仕事のときに、ほんの……補助程度のやつで」


 ガルドはしばらく黙っていた。


「いい魔法だ」


「それに、ただ力があるだけじゃ、こうは運べない。

 ……力の入れどころと抜きどころを知ってる。理屈で考えて動くやつだ」


 マルトは一瞬きょとんとしたが、すぐに少し照れくさそうに笑った。


「前の世界で、そういうのばっかり考えてましたから……たぶん、癖です」


 ガルドは目を細めるように薪を見つめ、低くうなずいた。


「……手先も器用なんだな。見ているとわかる。やり慣れてないはずなのに、丸太を崩さないように運んでる」


 それだけ言うと、またいつものように斧を振るう音が森に響いた。


 マルトは胸の奥が少し温かくなるのを感じながら、黙って次の丸太に手をかけた。

 森の静けさの中で、マルトはふと思った。

 ――こういう時間の積み重ねが、信頼ってやつになるのかもしれない。


 朝靄は少しずつ晴れていき、作業場にも柔らかな光が差し込み始めていた。

 朝日が顔を出しきるまで、二人はことば少なに作業を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ