第15話【元旦那、カーディス視点】
小さな屋敷の薄暗い一室に、カーディスはうずくまるように座っていた。
埃の積もった机の上には、空になった酒瓶がいくつも転がり、古びたカーテンの隙間から射し込む夕日が、長く伸びた影を床に映している。
嘗ては名家の当主として君臨していたこの男が、今は粗末な部屋で、誰にも振り向かれず、ただ過去に縋るだけの存在となっていた。
「……俺は伯爵だったんだ……あの女さえ……あいつさえいなければ……!」
カーディスは掠れた声で呟き、震える手で酒瓶を引き寄せる。
喉に流し込んだ液体は冷たくも温かくもなく、ただ苦く、空虚な味しかしなかった。
飲み干すたびに咳き込み、息を詰まらせては床に手をつく。
その指先は薄汚れ、かつての優雅な伯爵の面影は見る影もなかった。
──その時、扉が音を立てて開き、年配の男が顔を覗かせた。
親戚筋にあたる人物、エドモンドだった。
「……また酒か、カーディス。情けない……いい加減にしろ」
「うるさい! 俺に指図するな、エドモンド! 俺は伯爵だったんだぞ!」
「『だった』だろう。もう終わったんだ。お前のせいで、伯爵家は潰れた。領地も、屋敷も、全て失った。お前はただの厄介者だ」
「違う! 俺は間違ってない! 俺は……」
言いかけた言葉は嗚咽にかき消され、カーディスは机に突っ伏した。
肩が震え、息が乱れ、ただ情けない声だけが漏れた。
「……エリナが、俺を裏切ったんだ……あの男に、取られたんだ……!」
エドモンドは深いため息をつき、腕を組んで見下ろした。
「裏切った? 何を馬鹿なことを。お前が何もしなかったからだ。あの女は、お前に尽くして尽くして、それでも裏切られたんだ……だから去ったんだろう。お前が壊したんだ、全部」
「違う……違うんだ……!」
カーディスは震える手で頭を抱え、呻き声を上げた。
涙が滲み、頬を伝い、埃まみれの床に落ちた。
エドモンドはその姿を見ても表情を変えず、淡々と告げた。
「いい加減、目を覚ませ。お前にはもう、何もないんだ。働きたくなければ出ていけ……居候でいたいなら、それなりに働け。ここはもう、お前の城じゃない」
カーディスの喉から、引き裂かれるような声が漏れた。
「……俺は伯爵だったんだ……伯爵だったのに……!」
震える声は虚しく部屋の空気に吸い込まれ、ただの呻き声へと変わった。
エドモンドは冷めた目でその様子を一瞥すると、肩をすくめ、淡々と告げた。
「もう好きにしろ。ただし、家の迷惑にはなるな」
扉が静かに閉じられ、再び部屋には重苦しい沈黙が戻った。
カーディスは一人、机に突っ伏し、誰にも届かない声を漏らし続けた。
「エリナ……戻ってきてくれ……一度でいい、もう一度だけでいいから……」
涙が頬を伝い、夜の闇の中に溶けていく。
誰も振り返らず、誰も助けず、誰も彼を必要としない。
嘗ての栄光は過去の残像となり、今残るのは、後悔と孤独と、過ぎ去った日々の儚い記憶だけだった。
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