虐げられた少女の婚活
妖怪が跋扈する現代。その血を引く由緒正しき家、宇垣家では虐げられている女が居た。
名は椿。彼女は幸運を呼ぶ座敷わらしの血を引いており、美しい容姿を持つ。
その為か姉の白鷺に虐げられる日々を送っていた。
「椿!アナタ、また私の菓子を食べたでしょう!?」
「お姉様、誤解です。私、そんなこと…」
椿の言葉も聞かず、白鷺は彼女の髪を引っ張る。
「誤解!?鏡を見なさい!食べかすまみれよ!?」
その言葉の通り、椿の口元は食べかすが付いていた。
どうやらバレてしまったようなので、彼女は開き直る。
「お姉様、そんな乱暴しないでください!いくら私が美しいからって!」
「双子なんだから顔はほぼ同じよ!というか、私の物を食べるの何回目かしら!?」
「そんなこと一度もありません。だって名前が書いていませんでしたし…」
「その理屈が通るのは幼子までよ!?」
という具合に、椿は今日も今日とて虐げられている。第三者からすればただの姉妹喧嘩でしかないのだが。
そんな2人はある日、両親から話をされた。妖怪の血を残すため、婚活をしなさいと。
婚活といってもある程度サポートはしてくれるらしい。
「……アタシはともかく、椿に結婚なんて到底無理だと思うけど…」
「おねえはま!ほんなほといはないでふははい!」
「いつまで食べてんのよ!というか食べ過ぎ!」
頬を膨らませていた椿に、白鷺は突っ込む。
何度見ても、この妹が男性と添い遂げるなんてことは想像出来ない。
「……アナタは食い意地は凄いし、怠け者だし、人の物でも何でも食べるし…」
「でも、私美しいですよね?」
「その自己肯定感の高さは何処から来るのよ…」
ブツブツ呟く白鷺。椿は婚活について、関心など全く無かった。
そんな彼女は明日にでも、見合いの場が設けられている。
この妹は、果たして大丈夫なのだろうか。心配をしつつ、白鷺は椿を送り出すのだった。
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来たる椿の見合いの日。彼女の名でもある、椿が描かれた着物に袖を通す。
「今日のお茶菓子は何でしょう…?」
当人の頭にあるのは相手のことではなく、出されるお茶菓子のみだった。
まだ見ぬ菓子に胸を高鳴らせる椿は、案内された個室へと入る。
先に相手は到着していたようで、黒とほんのり赤い髪の少年が不服そうに座っていた。
彼は、荒井鬼里。酒呑童子の血を引く男性だ。
後は若いもの達で、と言って椿と相手の家の両親は個室からでていってしまった。
椿が思うのもなんだが、中々自由な人達だと感じる。
さて、何か一言ぐらいは話したほうが良いかと考えあぐねていた椿だが、相手の方が先に口を開いた。
「言っとくが、お前とは婚約なんかしねぇ。」
その言葉は椿にとって好都合以外の何ものでもなかった。
婚約をしないというのなら無理に仲を深めなくても良いので、椿は目一杯お茶菓子を堪能出来る。
「第一、お前じゃレベルが低すぎる。」
早速お茶菓子へ手を伸ばそうとした椿は、その言葉に引っかかる。
「レベルが低い…?私がですか…?」
「そうだ。鏡を見たことねぇのか。」
「鏡なんて毎日見ますよ。だからこそ私は自分が美しいと、思っていますが。」
「はっ。馬鹿も休み休み言えよ。兎に角、そんな奴とは婚約なんかしねぇ。」
鬼里の言葉は、椿にとって起爆剤となった。彼女は思い至る。
この生意気な男を婚約者にして、自身を認めさせようと。
椿は立ち上がり、鬼里の近くへ行く。近付かれた彼は、椿に興味をなくしているので無警戒だ。
そこを狙って、彼女は彼の頭に生えた角の一本を握る。
「?お前、何して、」
「えいっ。」
握った手に力を入れて、椿は角を思いっきりへし折る。
「いだっ!?」
片方の角を折られた鬼里の顔は驚きと困惑で、塗りつぶされていた。
椿はというと、得意気にこう宣言した。
「酒呑童子は、婚約者に片方の角をプレゼントするんですよね?私達、これで婚約者ですね。」
「あ!?ふざけんなよ!返せ!」
「お断りします!もう貴方は婚約者です!観念して下さい!」
角を取り返しに来る鬼里。取られまいとした椿は、思い切って持っていた角を口に放り込んだ。
「な、何してんだお前!?」
「あんひんひてふださい。わはし、いがふよいんです。」
自身の胃の強さをアピールして、慌てる鬼里を落ち着かせる。
噛み砕くことなく、角は胃に流し込んだ。
普通の人間ではない椿は、体内も特殊である。一定数噛まないものは消化されず、体の中で蓄積されるのだ。
もちろん、頑張れば吐き出せる。
「よし。ということで、よろしくお願いしますね。鬼里さん。」
「よろしく出来るか!吐き出せ!今すぐ俺の角を返せ!」
「そんなはしたないこと出来ませんよ。」
「角を飲み込むのもはしたねぇだろ!?」
喚き続ける鬼里。椿は思う。自身をレベルが低い等と言ったことを後悔させてやると。
完膚なきまでに、自身の魅力を認めさせてやると。
こうして椿の婚活は強制的に終わった。幸運呼ぶ座敷わらしと、角を折られて不運に見舞われた酒呑童子は婚約者となったのだ。