表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/67

8.船の湯舟

 予想通り、浴場はケットシー族の皆さんと一緒に入れるほど大きかった。

 ぎゅうぎゅう詰めになれば50人は入れそうだ。


 浴場は白の大理石で、見事な彫刻が壁と天井を彩る。

 彫刻は翼を持った猫や犬、馬だったり。

 リディアル帝国で頻繁に用いられるモチーフだ。


 いわゆる天使のような、翼を持った人間はいない。

 帝国の複雑な成り立ちから推し量れるけれど。


 紫色の湯はほどほどにぬるめだ。

 疲れた全身の血行が開いていく。


「はぁ~、しみわたるぅ~……」


 肩まで湯につかり、深く息を吐く。

 どことなくラベンダーの香りがする。


 一緒に入浴しているキャサリンもほっとした顔だ。


「どうですかにゃ。ラベンダーの湯ですにゃ」

「あー、道理で……。とてもいいです」

「肌にも毛並みにも最高ですのにゃ」


 見ると一緒に入っているメイドもほわほわしている。

 本当に和む光景だった。


 しばらく湯に浸り、皆と談笑して……。

 湯船から出るとキャサリンの瞳が燃えていた。


「さぁ、そろそろ髪をお洗いしますにゃ!」

「……気合い入ってない?」

「失礼かもしれませんが、ソフィー様の髪はちょっとどころでなく傷んでおいでですにゃ! 元はとても綺麗なのに……お手入れが必要ですのにゃ!」


 メイドも全員、力強く頷いている。

 

「ソフィー様に仕えていた方々はどうなさっていたのか、とても疑問ですにゃ!」

「せっかくの髪ですのにゃ! しっかり整えますのにゃ!」


 ということで、私はケットシー族の皆さんに髪をお手入れしてもらった。

 上質のきめ細やかな石鹸、トリートメント……。

 

 もこもこハンドで私の肩口くらいまでの黒髪がもみもみされる。

 

 思えば、あの館で髪をお手入れしている時間なんてなかった。

 クーデリアが許さなかったし……。


 それが今は全身、しっかりと磨き上げられていた。

 爪の先から足の先まで。


 正直、他人に晒して自慢になるような肌じゃないけれど……。

 同年代と比べるとかなり酷いはずだ。


 でもキャサリンは使命感に突き動かされていた。


「お肌と髪は命ですにゃ!」

「ですにゃー!」


 うぅ、涙が出てきそうだ。

 こんなに温かい気遣い、この世界ではされたことがない。

 実家でも婚約者の所でも。


 ……あれ?

 そうだ、実家にも挨拶しないで来ちゃったな。


 まぁ、別にどうでもいいや。

 フィリスと婚約してから実家とは連絡を取っていない。


 売られたんだから、当然か。

 そもそも大切にしてもらった記憶もないけど。

 薄情な親だったなぁ……。


「どうかなさいましたのですにゃ?」

「えっ……いえ、何でもないです」


 とっさに平気な振りをして、ごまかして。

 表情筋の操作もすっかりうまくなってしまった。


 でも、キャサリンはぷにっとした手で私の頬を挟む。

 ――何かを見抜いているかのように。


「わたくしは名誉にも陛下よりソフィー様の世話を仰せつかった身ですにゃ。ですが、それ以上にソフィー様に敬意を持っておりますにゃ」

「…………」

「我が帝国に流通するだけのポーションでも、たくさんの人が救われましたにゃ。あれほどのポーションを作れる人が……こんなお肌と髪でいて、いいはずがありませんにゃ!」


 それはキャサリンの嘘偽りのない想いだったのだろう。

 だからか、私の胸をまっすぐに打った。


 狭くて、暗くて。

 穴倉のような終わりのない労働の日々。


 ただひたすら王子のために費やした日と代償にさせられたモノ。

 

 本当は気に入っていて、大事にしたかった私の黒髪。

 鏡を見るたびに嫌でも目に入る肌荒れ。


 華やかな生活がしたかったわけじゃない。

 せめて人並みに自分を大切にしたかっただけ。


 ……大帝国の皇帝直属のメイド長に隠し通せるはずもなく。


(うっ……)


 私の目尻から涙がこぼれてしまった。



 それから小一時間後。

 ソフィーを寝室へ送ったキャサリンは空中船の皇帝執務室でアズールに報告をしていた。


「――ということで、今はしっかりお休みしておりますにゃ」


 からっと揚げたポテトをかじりながら、アズールは書類に目を通す。

 しかし耳と意識はしっかりとキャサリンに向いていた。


「ご苦労様。変わったことは?」

「特にありませんのにゃ」


 キャサリンはソフィーの涙の件を伏せていた。

 メイド長としてキャサリンには広範囲の権限がある。あの件について、報告しないほうがいいとキャサリンは判断していたのだ。


「……実家について、何か言ってた?」

「いいえ、ありませんのにゃ」

「そうか……ふーん」


 アズールがこきりと首を鳴らす。

 どうやらアズールの予想通りだが、良くない予想だったようだ。


 ふと、思いついたことのようにアズールが喋り出す。


「帝国への帰り道、ちょっと寄り道しようかと思うんだけどね」

「どこへでしょうにゃ?」

「ソフィーの実家。セリアス公爵家さ」


 アズールが笑う。

 キャサリンとアズールの付き合いはかなり長い。


 この笑いが敵対者に対する宣戦布告だと気付かぬ者は愚かだ。

 彼の真意に気付いた時には、もう遅い。

 アズールを見抜けない者に待つのは破滅だけなのだから。


「君の意見はどうかな?」

「よいお考えだと思いますにゃ」


 キャサリンははっきりとそう答えた。


「各部門長に戦闘準備を整えておくよう、申し送りしておきますにゃ」

「ああ、頼むよ。婿として、手抜かりのないよう挨拶しないといけないからねぇ」

【お願い】

お読みいただき、ありがとうございます!!


「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、

『ブックマーク』や広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!


皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!

何卒、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
家にもモフモフ居ます 今ではしょぼしょぼしてるけど16年間もモフモフさせてもらってます  戦うモフモフはモフモフさせて貰えるのでしょうか せっかくモフモフが出演してるから幸せなお話だと嬉しいな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ