66.テラス談義【アズール視点】
メルトの治療から数日後。
昼、日差しが強く差し込んでいる。
アズールは宮殿のテラスで優雅にコーヒーを飲んでいた。
「もうひとりで大丈夫なのかい?」
「……ああ」
アズールはテラスに現れたメルトへ声をかけた。
メルトは引きつる背中を抱え、杖をつきながら歩いていた。
治療前に比べると顔色は良いが、まだ完治には遠い。
それでもメルトは自らアズールのテラスへと出向いていた。
杖に目線を走らせたアズールが軽く首を振る。
「こちらから行くのに。君はまだ病人だ」
「宮廷医から許可はもらってるよ。君に来てもらうまでもない」
「はぁ……意地っ張りだねぇ」
メルトが時間をかけ、テラスの席に座る。
着席を確認してから、アズールがコボルト族の執事に目配せする。
「いい豆が揃ったんだ。君も飲むだろ?」
「これは……君のチョイスかい?」
「ああ、最高級品だ。毒は入ってないよ」
「ははっ、笑えないなぁ」
そう言いながらもメルトが頷く。
今さら、こんなところで毒殺を狙うなど思ってもいない。
小さなコップに注がれるコーヒー。
寒冷なリディアル帝国ではコーヒーは貴重品である。
「頂くよ」
「どうぞ」
「…………」
メルトが注がれたコーヒーをごくりと飲む。
その途端、メルトが吹き出した。
「ぶはっ、なんだいこれ!? 渋すぎる!」
「この味が分からないかぁ」
アズールはどこ吹く風とコーヒーを飲む。
それをメルトが信じられない目で見つめた。
「いくらなんでも味が……。濃すぎるんじゃないか。一般向けじゃない」
「この渋味、酸味、コクがいいんだよ」
メルトが首を振って執事に頼む。
「悪いけどミルクと砂糖を」
コップを手に取った執事が淀みのない動きで味を調整する。
それを飲んだメルトがほっと息を吐いた。
「素晴らしい。これなら満足だ」
「コーヒーについては意見が合わないねぇ」
アズールの言葉にメルトが彼方を見つめる。
ややあって、メルトが話題を変えた。
「……ありがとう」
わずかに目を見開いたアズールが、手をひらひらさせる。
「別に。どうってことないよ」
「ソフィーを連れてきたのは、僕のためだったの?」
「どうかな? 彼女が困っていたからそうしたまでで……」
煙に巻くアズール。
彼の本心はやはり見えない……。
だが、不快ではなかった。
メルトはアズールに質問を重ねる。
「本当に彼女と結婚する気?」
「それも彼女次第だ。彼女がそれを望むなら」
「ふぅん……」
メルトはコーヒーのカップに視線を落とした。
「じゃあ、ソフィーが他の人間と結婚したいと言ったら?」
「……はぁ? おいおい」
アズールが眉を寄せる。
さすがにその言葉の意味が分からないほど、アズールも朴念仁ではない。
「ソフィーは僕の婚約者だよ?」
「今、僕が聞いたのはソフィーが望んだらどうするって話だけど」
「…………マジかい?」
目を丸くするアズールに対し、メルトはコーヒーのカップを掴み、ぐっと飲み干す。
「コーヒーはそんな勢いで飲むものじゃないんだが……」
「いいだろう、コーヒーぐらい。熱いうちに飲みたかったんだ」
メルトは静かに席を立った。
「とりあえず僕は魔法薬の分野で動くとするよ。それでいい?」
「――わかった。そうしてくれると助かる」
ソフィーとのことがどうなのか、アズールにも色々とある。
契約結婚だとか、どうとか。
メルトはそのままテラスを去っていった。
長話はしたくないらしい。
従弟の背中を見送りながら、アズールはコーヒーをちびちびと飲む。
「まぁ、なるようになるか……」
悪くはない。
少なくとも、メルトが死ぬよりはずっといいとアズールは思った。
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