64.敗北【アズール視点】
「6年前の毒殺未遂――これが誰の絵図なのか、それはもうどうでもいい」
これは本気だった。
黒幕はティリエか、それに近しい皇族だろうとアズールは推測している。
しかし、もう物的証拠は得られない。
メルトから証言があっても、正式な裁判は無理だろう。
「あの時の死熱毒は不完全だった。だからメルトにも治療できたのだろう――でも治療も完全ではなかった」
「……? 私なら完治してるわよ。あれから風邪も引かないくらいだわ」
アズールが首を振る。
死熱毒は万魔の毒師クデールフの傑作であり、決して逃れられぬ死を与える。
伝説だとそのクデールフも弟子たちに死熱毒を盛られ、死んだ。
だが、クデールフもまた自分の弟子たちを死熱毒で殺し尽くした……。
アズールも初めて聞いた時はホラが過ぎる、伝説だと思った。
しかし、今ならわかる。これはあの有毒の煙のことを指しているのだろう。
「死熱毒というのは本当に厄介だ。治療薬を使っただけだと、完全に毒性を取り除けない。まさか有毒の煙にまで対処しないといけないなんて」
「煙……?」
「やっぱり、それも知らなかったんだね。あの黒斑を患者から取り除くだけだと、膨大な毒の煙がばら撒かれる。その毒の煙も何とかしないと、治療にはならない」
ティリエの顔に初めて衝撃が浮かんだ。
そしてややあって、ティリエは明確に焦り出した。
「じゃあ、メルトは……!?」
「問題ない。さっき、僕とソフィーで彼の死熱毒を完全に治療した」
アズールの言葉にティリエがほっと肩の力を抜く。
それはアズールの告げる真実を受け入れたということであった。
「……彼は死ぬところだったんだよ。死熱毒でね」
「やめて」
「僕を暗殺する気はなかったんだろう? そんなあからさまで、雑なやり方……成功したとしても他の国が認めない。あなたが欲しかったのは、自分で担げる都合の良い人間だ」
「やめてって言ってるでしょう」
「あなたはあなたなりにメルトに愛情を注いでいたのかもだけど、それはおままごとの人形を愛するようなやり方だ――」
「やめてっ!」
ティリエが叫び、血走った目でアズールを睨んだ。
彼女は決して無能ではない。ただ、あまりにも政治劇で踊り過ぎてしまった。
大切なモノに糸をつけて回らないといけないほどに。
「メルトはもう大人だよ。あなたの思い通りにはならない」
「…………」
ティリエが目を閉じる。
アズールは席から立ち上がり、ティリエを見下ろした。
「あなたを排除しようかと何度も思った。今も、そうだ。でも……メルトを想うと、そうしないほうがいいかもと感じている」
「……なんですって?」
「僕にはあなたのような形でメルトを愛するのは無理そうだ。考える時間がお互いに必要なんじゃないかと思ってね」
最後にアズールはテーブルに手をついた。
ゆっくりと言い聞かせるように、変わってくれることを願いながら。
「でも次にメルトを利用しようとしたら、絶対に許さない。それと諸部族の毛がなかったら……本当にメルトは死んでいた。その意味をよく噛みしめてほしい」
「そうね……」
ティリエが自嘲気味に笑った。
そこには諦念が確かに含まれていた。
「結局、私じゃあなたに勝つのは無理ってことだったのね」
それはリディアル帝国の未来が変わった瞬間であった。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!