63.対決【アズール視点】
メルトの治療が終わり、アズールは自分の宮殿に戻ってシャワーで身を清める。
倦怠感は残っていたが、彼が次に向かったのは寝室ではなかった。
太陽は力強く昇っている。
陽光が帝都全体を照らし出していた。
「行くか」
アズールが決意し、歩き出した先は離宮――ティリエの離宮である。
改めて正装したアズールは大股に、傍若無人に離宮の庭を進む。
止められる人間は誰もいない。
否、誰も止める気はなかった。
皇太后のティリエでさえも。
ソフィーと茶を飲み交わした、あのテラスに。
ティリエは悠々と座っていた。
「……来たのね」
誰もがいずれ、このふたりの対立は終わるだろうとは思っていた。
それが今日だとは想像していなかっただけだ。
ティリエの座るテラスの前に来たアズールは離宮の庭を見渡した。
綺麗に整えられた庭には、皇太后とは無縁の美がある。
「相変わらずいい庭だ」
「あら、あなたも私を褒めることがあるのね」
「称賛したのはあなたじゃない。ここの庭師だ」
アズールがきっぱり言い放つと、ティリエが眉を寄せる。
彼女の視線はアズールを咎めていたが、直接はそれを口にしなかった。
「あなたはいつもそうね。まず突っ立ってないで、座ったらどうかしら」
「そうさせてもらうよ」
アズールがテラスの椅子を引き寄せ、着席する。
脚を組んでの座り方は、アズールのティリエに対するすべてが出ていた。
「で、今日はわざわざ何の用件なのかしら。アポもなしで」
「メルトの件だよ」
アズールが従弟の名前を口にしても、ティリエはいささかも反応しなかった。
「彼を追い詰めたのは、あなただろう。リディアルの覇権争いに彼を巻き込むな」
「はぁ……? 意味が全然分からないわ」
ティリエがアズールに会ってから、初めて感情が表に出てきた。
抑圧された憎しみがティリエの瞳を染める。
「リディアルを変えたのはあなたでしょうに。あなたが、あなたが何もしなければ……私たちだって何もしなかったの」
「ティリエ、あなたの考えは間違っていた。トール族以外の諸族を抑圧して、搾取して――帝国は成長しない。あなたにも俺の成果は見えているはずだ」
アズールが何度も繰り返した言葉をティリエに投げかける。
だが、ティリエの心には響いてはいなかった。
「それはあなたが権力を掌握するのに必要だったからでしょう。私たちを追いやって、好きなことをするために……」
「まだ、わからないのか」
アズールが首を振る。
「あなたはその実例のひとつを目にしていたはずなのに」
「飛行船のことなら――」
「違う。死熱毒の治療薬だ」
「あれは錬金術の、魔法薬の産物でしょう?」
「そこまでは正しい。でも、アレにはもうひとつちょっとしたモノが必要なんだ」
そう言って、アズールは懐から皮袋を取り出し、逆さにした。
ふわっと空気の抵抗を受けながら――毛が落下する。
柔らかくて、様々な色の毛。
どう見ても人間の髪の毛ではなさそうで、ティリエが眉をひそめた。
「なに、それは?」
「ケットシー族やコボルト族、ヴォーパルバニー族の毛だよ」
ティリエががたりと立ち上がり、不愉快そうに口元を覆う。
「……なっ!?」
「死熱毒の薬には、魔力を含んだ毛が必要なんだってさ。ソフィーが実際に調合してみせたから本当だ。あなたの治療も同じようにしたはずだ」
「あの子は、メルトはそんなことを一言も――!」
「聞く耳を持っていなかったのは、あなただ」
アズールのそっと優しい声が、場を制していた。
即座に否定できず、ティリエが押し黙る。
メルトからある程度聞いてわかっていたが……無知は罪だ。
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