62.治療が終わって
アズールの処置が終わる時には、すでに朝日が昇り始めていた。
「……ふぅ」
アズールが息を吐き、ポーションの瓶を閉じる。
私から見ても文句のつけようがない処置だった。
メルトの背中はまだ、黒斑の影響で弱々しく見える。
だが、身体の中はかなり良くなっているはずだ……。
「あとは経過観察ですね」
「とりあえず、命の危機は脱したのかな」
「はい……あとは服薬をしっかりしてもらえれば。その辺りは私よりも宮廷医がいいかと」
死熱毒は背中を中心に筋骨と臓器を蝕む。
毒そのものは取り除けたが、ダメージを受けた身体は別だ。
ここから肺炎や別の病気をもらってきては目も当てられない。
アズールが口角を吊り上げる。
「安心して。縛ってでも医者の言うことは聞かせるし、口を無理やり開けてでも薬は飲ませるよ」
「ふふっ、それなら安心ですね」
アズールの軽口に思わず微笑むと、メルトの身体が揺れた。
私の位置から、メルトの肩甲骨に力が入っているのが見える。
「……子どもじゃないんだからさ。医者から逃げたりなんてしないよ」
メルトのうめき混じりの声。驚いた。
かなり苦痛を伴う治療と睡眠の魔術から、もう意識を取り戻すなんて。
それはアズールも同じようで、目を吊り上げていた。
「へー、しっかり眠らせたはずなのに。根性あるねぇ」
「僕だって成長してるんだよ。何もかも君の予想通りってわけじゃない」
メルトの上半身が震える。
私は慌ててメルトに声を飛ばす。
「起き上がらないでくださいっ! まだそんなことができる状態じゃ……!」
「まったく、負けず嫌いなんだから……」
アズールが肩をすくめる。
ただ、その声に咎める調子はない。
「まぁ、そんだけ元気なら少しは安心か」
「……ああ、だから仕事に戻ったらどうだい?」
「もう……! メルト、背中の処置をしてくれたのは陛下ですよ」
私はあえて殿下という敬称をつけずに言った。
なぜだか殿下は陛下に食ってかかるというか……素直じゃない。
私の言葉を聞いて、メルトが視線を泳がせる。
ややあって首を捻ろうとして、できなくて断念したようだった。
「これを、あなたが?」
「ソフィーには褒められたけどね」
メルトが目をぱちぱちさせ、小さな声で言う。
「――った」
「ん? 聞こえないよー?」
「助かった。あなたの手を煩わせた」
「……構わないよ」
アズールの声音が急に優しくなる。
私でさえ、どきっとするくらいの甘さだ。
「話したいことは色々あるけど、まず起き上がれるくらいには回復しないとね。後はちゃんとした医者に任せる」
「ですね、もう大丈夫です……。ありがとうございました」
「ソフィー、君も長時間の治療お疲れ様。仕事が終わったら、ちゃんと休んでね」
アズールが手を振りながら、軽い調子で工房を出ていく。
相当な疲労を抱えているはずが、そうは見えない。
物凄い体力お化けだった。
彼の背中を見送ると、メルトからややジト目の視線を受ける。
「あの人はいないって言ってなかった?」
「治療中に人を追加しないとは言っていませんよ?」
「とんだ屁理屈だね……」
「それを言うなら殿下こそ意地っ張りです」
私が指摘するとメルトがぐっと押し黙る。
どうやら自覚はあったらしい。
「私は医者を呼びにちょっと出ますが、くれぐれも動かないでくださいね。歩ける状態ではありませんので」
「……わかったよ」
メルトが静かに目を閉じる。
「キャサリンたちにもお礼を言わないとね」
私はそっとシーツをメルトの背にかけた。
アズール以外には素直なのに。
「今は治すことに専念してください。人よりも、自分のことですよ」
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