61.最後に
メルトの伏せた台は扉と反対方向を向いている。
しかしメルトは入ってきた人物に気がついたようだった。
「あ……? 誰が来たんだ?」
「――どうか気にしませんように」
私が言った瞬間、入ってきた助っ人が魔術を放つ。
甘く香る魔力の波動――強力な睡眠の魔術だ。
「ああ、眠っていたまえ」
「君は……っ」
メルトが振り返る前に、意識を失う。
さすがの魔術だった。
「さて、治療を済ますか」
「はい……私は治療薬を浸透させることに専念します。殿下の体調管理、剥離した毒素の無害化はお任せしますね」
「完璧を期すと約束しよう」
それから私と助っ人は何時間もかけ、メルトの治療を行った。
これが死熱毒、唯一の治療法だ。
特別に用意した治療薬を塗り込みながら、剥離した毒素もなんとかしないといけない。
「よっと……」
メルトの背中から次々に黒い煙が立ち昇る。
この黒い煙も猛毒だ。なので処置しないといけない。
助っ人はそれを風の魔術で器用に束ね、瓶へと封じ込めていく。
私には到底不可能な魔術の使い方だった。
「……まだ黒斑はかなり残っていますが、大丈夫ですか」
「問題ないよ」
助っ人の澄んだ声が心強い。
私は息を整え、治療へ意識を振り向ける。
こうして数時間、私と助っ人は治療を終えた。
終わったと思った瞬間、ふらっと足にきてしまう。
体勢を崩した私を助っ人が優しく抱きとめる。
「治療は終わりかい?」
「――はい」
私はマスクとゴーグルを外して、大きく息を吐いた。
メルトの背中からは黒斑が消えている。
ただ、皮膚下の肉体はかなり衰弱していた。
完全に治るまでは数か月の投薬治療が必要だろう。
助っ人がマスクとゴーグルを外す。
その下にあった顔は――もちろんアズールだった。
「お疲れ様。よくやった」
「陛下こそ。大変だったと思います……」
作業台の隣に、道具が置かれた小テーブルがある。
そこには死熱毒の煙を閉じ込めた瓶もあるのだが――8本もあった。
原作通りとはいえ、この毒にも戦慄する。
ここまでやっても毒を分離させることしかできないのだ。
「で、この毒を詰めた瓶はどうするの?」
「高熱で完全処理できるはずです。ただ、この煙はまだ有毒なので処置するなら無人地帯でないと」
「わかった。飛行船で運び、処置しよう」
アズールの腕を取り、私は体勢を整えた。
距離が近かった気がするが……きっと気のせい。
いや、本当にアズールの距離が近い……!
「あの……」
「君もかなり消耗しているね」
「ま、まぁ……これをやれば当然と言いますか」
「しっかり休んだほうがいい」
アズールの瞳が私の顔を捉える。
そこには有無を言わさぬ圧があった。
「他にやるべきことは?」
「えっ、ああ……ポーション類を塗るのは必要かなと」
「それなら僕にもできるね」
アズールが私の手を引いて、椅子に座らせる。
「君はそこで休んでて。寝ててもいいよ」
「いえ、陛下にやってもらうような作業では――」
「いいんだ」
アズールが静かに首を振った。
そして彼は淡い黄緑の、最高級ポーションの瓶を手に取る。
「僕にやらせてよ。使うポーションはこの、君の作った最高級のでいいんだろう?」
「あ、はい……」
「魔法薬の心得は君やメルトほどじゃないけどさ、僕だってこういうのは慣れっこだ」
アズールが瓶を開け、綿棒にポーションの薬液を染み込ませる。
本当に慣れた手つきだった。
「……でも良かった」
アズールがぽつりと呟き、メルトの背中に綿棒を滑らせる。
丁寧に、愛おしく。
その意味を噛みしめながら、私はアズールの処置を見守った。
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