52.ティリエとメルト
その言葉を聞いた瞬間、私の頭は混乱した。
(……アズールがメルトを毒殺しようとしたって言った?)
「ええと、申し訳ありません。仰る意味がちょっと……」
「信じられないのも無理はないわ。世間では私が陛下を毒殺しようとしたとか、そんなことが言われているのでしょうね」
ティリエが自嘲気味に微笑む。
「それがあの御方のやり方なのよ。自作自演で事件を引き起こして、時局を有利に仕立て上げる――まるで劇のように。あなたにもわかるのではなくて?」
「…………」
否定はできない。
アズールが起こすアレコレはまるで、芝居そのものに感じられる時がある。
あるいは彼そのものの言動ですら。
でもそれと毒殺事件がティリエの言う通りなのかは、全くの別だ。
事件を整理しよう。
「……黒幕はどうあれ、私は陛下の暗殺未遂事件が発端にあると聞きました。夜会で毒を盛られたけれど、メルト殿下が身代わりになったと……。そう、聞いています」
「それが世間一般の見解でしょうね。でも真実はこうよ。黒幕は陛下自身……陛下は自分の地位を脅かす可能性がある唯一の皇族であるメルトを罠に嵌めた」
ティリエが目を細め、紅茶を睨みつける。
「あの夜会の主催者はメルトよ。そこで事件が起きたら、メルトが責任を取らされる。自分で毒を盛って飲むのなら、簡単極まりない話だわ」
「それは……確かに、でも……」
「あの夜会には私も他の皇族もいたわ。だってメルトが呼んでくれたんですもの。私だって毒殺がどういうものか、よくわかっている。あの場では……信頼できるボトルをその場で空けて、目を光らせていた。メイドや執事ごときが毒を盛れるような場じゃなかったわ」
……初めて夜会の情報が手に入った私は、混乱した。
確かに私がこれまで聞いた話は全て外部からの情報だ。
夜会でこんなことがあった――というもの。
実際に参加した人間から話を聞いたのは初めてだった。
(ティリエの話のいくつかは、私でも検証できる……よね)
アズールが毒殺事件を自作自演したというのは、ティリエの判断だ。
しかし夜会の主催者がメルト、供されたボトルがどうだったかは検証可能ではある。
「まぁ、もうあの事件の黒幕を立証はできないけれど。でも、忘れないで。あの御方は自分の敵には容赦しないのよ」
「……はい」
懐に隠した宝石がずっしりと重い。
感情面ではティリエの言葉を拒絶できる。
でも理性面ではこの場での判断ができないと感じている。
「ふぅ……メルトがしかるべき地位に就いてくれたら、こんなに苦労することもないのにね」
「ティリエ様はメルト殿下を本当に評価しておられるのですね」
実際、ティリエからメルトに対する苦言は聞かない。
アズールと比べれば溺愛していると言ってもいいくらいだ。
「あの子は勉強熱心でしかも心優しいもの。あなたはまだ聞いていないかもだけど、4年前に私は死病に侵されていたんだから」
「えっ、そうなのですか?」
キャサリンからの資料で病気を患った話は知っている。
半月くらいは療養していたとか……。
ティリエはかなり頑丈なようで、この半月の療養くらいしか病歴がない。
でも半月程度なので重くは考えていなかった。
ティリエが肩口をこちらに見せる素振りをする。
「背中に黒い斑点が出て、とても痛かったのよ。はぁ……今でも身震いするわ。どの医者も『これは死熱毒という治癒不可能な毒です』と言うばかりで。あの御方も知らぬ存ぜぬ……でもメルトが――すぐに治療薬を作ってくれて、治してくれたのよ!」
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