51.ティリエふたたび
「ちょうど小腹が空いておりましたの。喜んで同席させて頂きますわ」
にこりと淑女の笑みを張り付ける。
ティリエはそれに頷くと、上機嫌に大広間から庭のテラスへと案内してくれた。
離宮の裏手にある小さな池を眺める絶好のポジション。
多分、このテラスも彼女のお気に入りなのだと察せられる。
着座するなり、ティリエが軽く身を乗り出す。
「本当に嬉しい。今日一日で、あなたととても仲良くなれた気がするわ」
「私もです。皇太后様がこれほど親しみやすい人だなんて……。世評は当てにならないものですわ」
「ふふっ、でしょう? どうせ、帝国の庶民はあの御方を怖がっているだけでしょうから。あなたのようにきちんと向き合ってくれる方、私は好きよ」
実際、ティリエに差別的言動がなければ……少なくとも毛嫌いする部類の人間ではない。
アズールに対して嫌味や対抗心がやや多いのを除けば、茶器に関する話は悪くなかった。私が茶器に熱心で興味があれば、良い会話になっていただろう。
それはこの茶器鑑賞会に訪れた面々を見てもわかる。
お付きの人も合わせて数百人が集まっているのだ。
トール族しかいないにしても誰もが上流階級の人間である。アズールと対立して睨まれる皇太后にしては、よく集まっていた。
これは彼女の持つ人徳……あるいはグループの持つ方向性をちゃんと制御しているからだろう。
「あなたが来ると知って、ランデーリ産の茶葉を出したのよ。あそこの味はしっとりとして、今の季節にはぴったりだわ」
ティリエの言葉が終わると、純白のティーセットを持ったメイドが現れる。
優雅な手つきで紅茶が淹れらるのを眺め、ふたりで味わう。
(……ランデーリの紅茶も私は全然わからないなぁ)
テレビ見た外国人のほうが寿司に造詣が深かった時と同じ気持ちだ。
誇らしいような、ムズムズするような。
とはいえ、紅茶は間違いなく美味しい。
「軽食もあるわ。どれも美味しいのよ。ぜひ食べていって」
並べられたのは蜂蜜のたっぷりかかったトースト、それにタルトだ。
どれも甘めに仕立て上げられており、悪くない。
飲食のセンスについてはさすがというところだろう。
当たり障りのない会話を繰り返し、小腹を満たす。
やがて太陽が頂点を過ぎた頃――ティリエが視線を彼方に向けた。
「ねぇ、ふたりで話さない?」
「皇太后様が望まれるのであれば」
「あら、ティリエでいいわ。ふたりきりの時は、そう呼んで」
こうして私たちのメイドが席を外す。
テラスに残されたのは私とティリエだけだ。
「……今日は本当に会えて嬉しいわ。駄目かもと思っていたから」
「そんな……」
「私はメルトとあまり連絡が取れない状況だけど、あなたのほうはどうかしら?」
「ちょくちょくやり取りはさせてもらっています」
この宮殿の外でだけれど。
「そう……。あの人も他国から来たあなたに無理強いはできないようね」
ティリエの瞳が揺らぐ。
権力を奪われたという無力感と焦り……。
「これを足しにして頂戴」
ティリエは何を思ったか、ドレスの隠しポケットからじゃらじゃらと宝石を取り出した。ルビー、サファイア、エメラルド……。
どれもが夏の太陽の日差しを強く反射していた。
「こ、皇太后様……!?」
「早く、しまって」
「うぅ……はい」
言われてとりあえず服へと隠してしまう。
……仕方ない。彼女に乗らないと情報が引き出せないのだし。
にしても予想外の行動だった。
いきなり宝石をくれるとは……。
「急かしてしまって悪いけれど、もうあまり時間が残されてないと思うの。こうするしかないわ」
「……こうする、とは」
「私も陛下に処分されるということよ」
ティリエがはっきりと確信を込めて言った。
「あのメルトを毒殺しようとした時みたいにね」
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