5.突然の申し出
ランデーリ4世が私に向かって深々と頭を下げた。
「改めて、ソフィー殿。この度は不肖の息子により、とんだ迷惑をかけてしまった。どうかお許し願いたい」
「そんな……」
「余がもっと若ければ、暴走を止められたものを……悔やんでも悔やみきれん」
確か、フィリスはランデーリ4世が年を取ってから生まれた子だ。
今の陛下の力ではフィリスを止めるのは難しかっただろう。
フィリスも生まれた時から次期国王として周囲から甘やかされ、道を誤ってしまった。女と金に目がくらみ、溺れてしまった。
せめて私にもっと向き合ってくれたら――違う結末になっただろうに。
「顔をお上げください、陛下」
「……本当に申し訳ない。あの馬鹿者は責任を持って、厳罰に処する」
これでこの先、私の人生にあのふたりが関わってくることはないだろう。
知っている世界の未来とは異なるけれど、仕方ない。
過労死なんてまっぴらごめんだし。
「アズール陛下にもお詫び申し上げる。せっかく来訪頂きながら、こんなことになるとは……」
「ううーん? まぁ、僕のことは気にしないで」
かるっ。とても大国の主とは思えない気安さだった。
「僕はポーションの件で来ただけさ。単なる仕事だと思っていたら、数年振りくらいに大笑いさせてもらったけどね」
「それはどうも……」
わかってはいるけれど、彼はこういうひん曲がった性格だ。
でも凶暴なまでに頭も口も回って、不公平は嫌う。
だから原作の世界でも彼は大人気だった。
アズールが唇の端を釣り上げて微笑む。
「さて、じゃあ長居は無用だね。僕たちはこれで失礼させてもらうよ」
「――はい?」
たち?
「ソフィー、ちょっと息苦しいかもだけど我慢してね」
「えええっ!?」
言うや否や、アズールが私をひょいとお姫様抱っこした。
近い! 近すぎる!!
彼はこんなことをする人間だっただろうか?
そんな疑問もアズールが大地を蹴ると同時に霧散する。
「ひぁぁぁっ!!」
彼は魔術で空を駆け上がり、飛び上がっていた。
猛スピードでアズールが空を飛ぶ。
すでに陛下も群衆も豆粒の大きさになっていた。
ぐんぐん高度が上がり、生まれ育った王都が遠ざかる。
「あははっ、飛行魔術は初めてかい?」
「あわわわっ!!」
喋れるか!
なんとかアズールにしがみついていると、飛行船アラン=ウェズールがどんどん近くなってくる。
(この船へ帰るために……?! でも無茶苦茶だ!)
まさに疾風のように。
私も全身に風を受けながら飛んでいた。
心臓がバクバクで痛いくらいだ。
でも時間にしたら飛んでいるのは数十秒くらいか。
あっという間に飛行船へと到着する。
「よっと」
アズールが慣れた調子で甲板中央に軽々と着地する。
同時にリディアル帝国に住まう、獣の特徴を持つ人々が集まってきた。
「陛下がお帰りだにゃー」
「ずいぶんとお早いお戻りですにゃー」
私よりも背が低い、ふさふさ毛並みのケット・シー族。
ほぼ二足歩行の猫さんである。
すばしっこくて器用な彼らで甲板は埋まっていた。
(かわいい……っ!!)
リディアル帝国は多種族国家。こうした人たちを重用している。
そして人間嫌いのアズールは普通の人間は寄せ付けない、はずなのだ。
「ちょっとした事件があってね。戻ってきたんだ」
アズールの声がとても優しい。
隣で聞いているだけで心の奥に染み渡る。
「さ、着いたよ」
すっとアズールが私を甲板に下ろした。
ぜぇぜぇと息を整えながら、私はアズールを恨みがましく見上げる。
「な、なんてことを!」
「揺れてはいなかったでしょ?」
「それは……まぁ、確かに。でもいきなりこんな……!」
私が抗議をぶつけるとアズールがふっと笑う。
心から楽しく、面白そうに。
「確かに不躾だった。謝罪するよ」
そのままアズールが私の前に膝をつく。
……このアズールが、人に謝罪して膝をつくなんて。
原作の小説の中でもこんな場面は、ない。
(うぅ……)
改めて見ると、本当に非の打ちどころのない華やかさと美しさだ。
さらには人を狂わせ、従わせるカリスマ性に満ちていた。
そんな彼の金色の瞳が揺れている。
氷のように冷たく、炎のように熱い。
アズールという男はそういう男だった……はず。
風になびく銀髪をかすかに払い、アズールが私に手を差し伸べる。
「これまでに重ねた数々の非礼、心から詫びよう。
その上で――どうか、僕の妻になってくれないかい?」
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