48.灰汁と水
ミスリルの炉に火が着き、ルビーオークの薪が燃える。
純銀色のミスリルがぼうっと紅く照らされた。
ルビーオークは熱を帯びると輝きを発する。
断面がより強く、激しく花火を散らすように燃えるのだ。
この花火も紅くなると魔力が逃げてしまう。
私は炉の前に右腕を突き出し、ふーっと息を整える。
「ごくり、ですにゃ……!」
ここからが大事だ。身体の奥から魔力を押し出し、手に集めていく。
……冷気で閉じ込めるイメージだ。
ぐぐっと冷気を指の先から押し出して……白い霜の魔力がルビーオークへ振りかかる。これで魔力を閉じ込めるのだ。
でもあまり強く魔力を吹きかけると、温度が下がり過ぎてしまう。
何事もバランスだ……!
ベストは断面が輝きながらも光を抑えること。
集中力を切らさないよう、薪が灰になるのをじっと待つ。
それから数十分、薪が火によって灰になった。
もうルビーのような断面はない、見たところは完全な灰だ。
キャサリンがぴくぴくと可愛らしくヒゲを動かす。
「しっかりと魔力が残ってますのにゃ……!」
「これで下準備はオッケーね」
よしよし、灰にはたっぷりと魔力が残っている。
次の工程は灰を霊峰水に浸し、灰汁を抽出すること。
ミスリル製の桶に灰を移し、霊峰水と混ぜ合わせる。
この霊峰水もまた、魔力を含むリディアル地方の水だ。
「ここでも魔力を入れてっと……」
灰汁と水の魔力はこのままでも溶け合うのだが、ここでもさらにひと手間。
ヘラに魔力を通し、ぐっぐっと混ぜる。
こうすることでムラなく均等に美しく魔力が融合するのだ。
まぁ、大変だけどね。
でもこうした手間の積み重ねで出来上がりがちょっとずつ変わる。
どうせ私が作るのだから、目指すは高級品だ。
混ぜるのが終わったら、ホーンバッファローの皮膜を桶に張って蒸発を防ぐ。
「石鹸作りですと、あとは放置ですにゃ?」
「それでも問題はないけれど……」
ここでもひとつ、作業を加える。
桶を椅子の前に持ってきてもらって……手の先から魔力を押し出す。
私の手の先から出た、白の魔力が皮膜を覆う。
これを適宜、続ける……数十分おきに。
その間、私は工房で本を読むわけだけど。
「うーん、ソフィー様の魔力は底無しですのにゃ」
「そうかしら。人よりは多いかもだけど」
「間違いないですにゃ! 陛下や殿下が一番だと思っておりましたが、ソフィー様はそれに勝るとも劣りませんのにゃ!」
「ふふっ……ありがとう。でも私の技術も、あなたたちが道具を揃えてくれるからよ。だから全力を出せるの」
「にゃ……! ソフィー様……!!」
これは私の嘘偽りない本音だ。
彼女たちが私の代わりに動いてくれるから、作業に専念できる。
私ひとりで何もかもやろうとしたら、今年が終わってしまうだろう。
ということで工房でのんびりしつつ作業をしていると――なんとアズールが工房にやってきた。この工房ができてからは初めてかも。
ちょいちょい顔は会わせているが、なんとなく雰囲気がいつもと違う……?
アズールが工房を見渡し、顎に手を当てる。
「これが君の工房か。うん、とても良いね」
「いえいえ。実家の機材を問題なく運んでくださった陛下のおかげです。思ったよりも早く稼働できました」
「なによりだ」
……やっぱり何か変だ。
キャサリンに目配せしてちょっとの間、工房から退出してもらう。
(何かあったのかな)
でも何かあるなら、気を遣うことはないのに。
あるいは――気を遣うような件でも出てきたのだろうか。
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