43.一仕事終わって
赤黒いワインは恍惚を呼ぶ悪魔の味。
そんな詩の一節を思い出しながら、グラスに注がれるワインを見つめる。
この世界におけるワインのアレコレなんてわからない。
ただ、受け取って飲むだけだ。
まぁ、メルトの飲むワインだからきっと良い物だろうけれど。
そう思うことにしよう。
グラスにワインが注ぎ終わり、メルトが軽くグラスを掲げる。
「じゃあ、まずはお疲れ様」
「お疲れ様です……!」
乾杯、チリンとグラスを鳴らす。
で、まずは香り――豊潤で、春の爽やかな草原を彷彿とさせる。
とても良い。すっと身体に入ってくる。
そして、そのまま軽く一口。
濃い甘さとわずかな酸味。酒精が舌に踊る。
飲みやすく、瞬時に酒精の熱が身体を燃やす。
「いいワインですね、これ……」
ほうっと息を漏らす。
こんな上等なワインは前世でも飲んだことがない。
ぐっぐっとワインを飲む。
んむんむ、最高。
「軽食もあるよ」
メルトがグラスを置き、下の棚を漁る。
おお、酒じゃなくておつまみも。確かにお腹も減ってきた。
「ほうほう……手伝います」
食べるものがあるのに越したことはない。
メルトに並んで屈み、棚を漁る。
ぴしっと整えられた棚の中に色々な食べ物があった。
ナッツ、アンチョビ、肉詰めの瓶――ううむ、どれもよさそうだ。
あとはチーズ、ハムも……なかなかわかっているじゃないですか。
「今日は大仕事だったから、これにしようかな」
棚の奥に手を伸ばしたメルト。
彼が引っ張ってきたのは……黒い板が書かれた箱だった。
箱に書いてあるのは南方の言葉だ。
えーと、どれどれ……。
……。
箱の言葉を理解した瞬間、私は声を上げてしまった。
「……チョコレート!?」
「これが僕は好きでね。南じゃないと栽培できないのが残念だけど……君も食べる?」
「もちろんですともっ!」
この世界でチョコレートは非常に貴重なお菓子だ。
なにせリディアルとランデーリでは北すぎて、まったくカカオ豆が栽培できない。
輸入に頼りっぱなしであり、この世界ではほんの数回しか食べたことがない。
それが……まさかこんなところからチョコが出てくるとは!
というわけでチョコレートの箱を恭しくテーブルに置き、慎重に開封。
ふわっと砂糖の匂いがする黒の欠片……。
ああ、完璧にチョコレート……。
「いただきます!」
「気合い入ってるねぇ……」
ひょいっと掴み、口に放り込む。
甘い! ややビターで、さらに――柔らかなナッツ入り!
とってもいいですよ。
で、これを肴にしてワインをごくり。
チョコレートとワインの相性は良くない、そんな言説もあるけれどしっかりと選べば気にならない。
甘いワインに甘いチョコレート。
苦みや酸味をそれぞれが巧妙に隠し、重ね、風味が増す。
ここにハム……んぐんぐ、これも美味しい……!!
メルトの貯蔵していたワインもチョコレートも色々なおつまみも、どれもハイセンスで目の付け所がいい。
さすがは皇族。メルトチョイスとして私も推薦したい。
「はぁ……中々のグルメですね」
「ははっ、一応はアズールより良い物を食べてるつもりだからね」
「そうなのですか?」
「宴席や会食、夜会でこんなワインやチョコレート、ハムを並べてたら皇室が破産するよ。質の追求はほどほどにしないと」
「それはまぁ、その通りですね」
アズールの用意するのは一定の質とそれから量。
自分の好きな物だけを追求できる機会は確かに限られてそう。
対して魔術省顧問で表舞台に出ないメルトは好き勝手にモノを買って食べられるわけか。なんともはや……自由とは難しい。
私はその後もパカパカといい気分で飲み続け……気が付いたら、ボトルの半分以上を飲んでしまっていた。
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