42.完成品の行く末
沸き立った鍋からは魔力の泡が弾けている。
ここにサファイアの粉を入れ、混ぜ込む。それで完成だ。
「少しずつ粉を入れて……」
鍋をかき回すヘラもミスリル合金だ。
ここも強すぎず、弱すぎず……絶妙な魔力を維持しながらかき混ぜる。
繊細な作業だけれど、この瞬間はやっぱり楽しい。
時間をかけたモノが形になるのだから。
段々と魔力が折り重なり、融合する。
同時に鍋の中の液体が銀色の魔力を放ってきた。
「この色だ、これが殺虫ポーションだね」
「私、あまり殺虫ポーションを使ったことがないのですが……どう使うのですか?」
「水に混ぜて散布するんだよ。甲虫の外骨格に作用して駆除する」
前世の地球ではどうだったかな。
化学殺虫剤がどう作用するのか、私もよく知らないんだけど……。
あと、この世界には魔物もいる。
原作だと殺虫ポーションで昆虫系の魔物を駆除してたっけ。
「この殺虫ポーションは魔物にも作用するんですよね」
「そっちのほうが主用途かな。甲虫系の魔物がたくさんいる森に使うらしい」
「へぇ、やっぱりそうなんですね」
メルトは椅子に座ったまま、疲労が抜けない。
やや悔しそうにメルトが呟く。
「……やっぱりというか、君はこの程度じゃ疲れないんだね」
「ま、まぁ……慣れておりますし?」
正直、あの過酷な日々に比べればこのくらいはなんともない。
魔力は限界近くまで使うと成長するようだけど、私はそこもカンスト気味だ。
「僕より若いのに、そんなに魔力があるなんてね……」
そこでメルトが目線を天井に向ける。
「どんだけ厳しい修行をしてきたのか。こうやって錬金術で相対するたびに思うよ」
「……殿下」
「ここではメルトでいい。気兼ねなんかいらないよ。僕のほうが学ぶことが多いんだからね」
「そんな……この調合手順書、凄く良かったと思います」
実際、必要な作業は完璧に記述されていた。
本よりも分かりやすかったくらいだ。
それにメルトの担当した作業も決して楽ではない。
私と同じ程度には技量が必要なはず。
「こうした作業をずっとひとりでされていたんですよね。大変だったでしょう」
「ははっ……まぁ、リディアルの錬金術はまだまだ発展途上だから。色々、自分で学んでやらないといけないのは確かだ」
メルトが立ち上がり、鍋を見やる。
ぐつぐつと純粋な銀色で沸き立って、とても綺麗だ。
「よし、もう大丈夫」
「はい……!」
火を止めて、冷ます。
工程的にはこれで熱が取れたら完成だ。
「これで並の貴族が1年暮らせるだけのお金になるね」
「はぇ……そ、そんなにですか?」
「だって最高品質の殺虫ポーションだよ? 素材も高品質、これなら家よりデカい甲虫も一瞬で息の根が止まる。そりゃ、高値で売れるに決まってるよ」
そこでメルトが私の顔をじーっと見る。
「昆虫系の魔物も素材になるんだ。その収入を考えれば、決して高い値段じゃない」
「あ、そうでした。これで討伐した魔物は売れるんでしたね」
「殺虫ポーションなら外骨格に傷はつけないからね。だから高値でも買う客はいる」
強力な魔物の皮、骨、外骨格なんかは引く手あまたの素材だ。
私自身、魔物討伐をしたことがないから、使った相手を解体して売るという考えがすぐに出てこなかった。
「今日の作業は終わりだ。あとはこれを売ってくるから……」
メルトが壁際の棚に向かい、ひょいと瓶詰ワインとグラスを取ってくる。
「お酒はイケる口かい?」
「……多分、飲めるほうだと思います」
なんだかこの身体は異様に頑丈で、錬金術で使うアルコールにも左右されない。
なので飲む機会はめったにないものの、酔ったことはないのだ。
にしても、メルトと晩酌か……。
どうなんだと思いつつ、ちょっと喉が渇いていた。
ここでのことはアズールには秘密……そして仕事終わりの軽い一杯という誘惑はとても強い。いや、他意がなければいいんだ。
だってアズールだって公務や夜会で飲んでるはずだから。
私は私で飲みたい時に飲んでいいはず。
それが自由ってことだし……!
ということをつらつらと考えまして、
「ちょっとだけご馳走になります」
と、私はメルトからグラスを受け取った。
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