41.殺虫ポーション
メルトが手早く指示をする中、私は久し振りに錬金術に着手した。
最初の魔術省訪問以来だ。
離宮の整備や帝国のことを覚えるので手一杯だったからね。
手掛けるのは……殺虫ポーションだけれど。
「死熱病の治療薬は、材料も難題だ。物々交換やら交換条件やら……。まずはこのポーションで扉を開けにいく」
「……なるほど」
わかったような、よくわからないような。
でもやるしかない。
ポーションと言えば、普通は回復用の魔力薬を指す。
しかし、それ以外にもポーションは存在する。例えばこの殺虫ポーションとか。
(……手順書はメルトの作ってくれたのを参考にして、と)
私のやるべき作業は事前にメルトが紙にまとめていた。
こういうことはやっぱりマメらしい。
「まずはサファイア鉱石に魔力を入れて――」
用意されたのは蒼く輝くサファイア鉱石だ。
水に似た魔力をたっぷりと蓄えている。
私の手のひらに収まるサイズなので大きくはない。
とはいえ、これだけの魔力を放つサファイアは上級貴族でもそうそう揃えられないはず。さすがはリディアル帝国の皇族だろうか。
ゆっくりと手をかざし、魔力を練り込む。
強すぎると鉱石が割れ、弱すぎるといつまでも反応しない。
じっくり根気のいる作業だ。
でも、身体の芯から魔力を削り出すのは嫌じゃない。
じんわりと身体の奥が温まり、血がうねるのがわかる。
手をサファイアにかざし、ぐっと指先に力を入れていく。
魔力が腕を通り、肘から爪へ……。
そして爪先から波紋のように広がり、サファイアの鉱石へ浸透していく。
同時にサファイアから淡い青色が漏れ、部屋を照らす。
「うん、順調だね」
「サファイアに魔力を移した後は……ノミで削るんですね」
このノミも錬金術道具だ。
魔力を伝えやすい銀とミスリルの合金でできている。
器に移したサファイアにノミを当てて、ぐっと削る。
もちろん私の力で鉱石が削れるはずがない。ノミに伝導させた魔力のおかげだ。
「……よっと」
ノミに伝える魔力が大きすぎるとサファイアに影響してしまう。
魔力を注ぎ込み過ぎてはいけない。
カッカッ……。
一定のリズムで腕を動かし、ノミを振るう。
メルトのほうをちらっと見てみる。
彼は彼で粉末状の様々な粉に魔力を入れ、沸かした鍋に投入していた。
(繊細だな~……)
テーブルに置かれた瓶の種類は20種類はあるだろうか。
そのひとつひとつを計量し、込める魔力の量を変えて、鍋に入れる。
あっちもあっちで根気が必要とされる作業だ。
(……こんな風に同じ部屋で錬金術をやることってなかったかも)
自宅の工房でもあの館でも、私の作業は孤独だった。
まぁ、仕方ない。錬金術の作業は話しながらできないのも多いし。
でも私は心のどこかで、寂しくは思っていた。
ひとりで、ずっと、報われず……というのは思った以上に苦しいものだ。
それが今は、メルトが側にいた。もちろん話しながらではないにしても。
声の届く範囲で人がいてくれている、というのはいいものだ。
削り出しが終わり、粉になったサファイアを器ごとメルトに持っていく。
「君ならこの時間に終わらせてくれると思ったよ。時間ぴったりだ」
メルトが額に汗を浮かび上がらせ、疲労をにじませながらも微笑む。
その笑顔は何かに打ち込む若者そのもので、とてもいじらしい。
「品質も文句のつけどころがない。サファイアの粉を鍋に入れて、完成だ」
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