40.意図
「……2年ですか」
メルトの言葉を反芻したはいいものの、うまく消化できない。
やっぱり彼の死因は死熱毒ではない……のか。
「それは確かなのですね」
「ほぼ毎日測定してるから、予測に外れはないよ」
「他の方の診断は?」
「はぁ……させるわけないだろう?」
メルトが肩をすくめる。
「このリディアルで死熱毒の症例自体がないんだ。文献や又聞きの話でしか調べられない。それじゃ他の人に意見を聞くまでもないだろう」
そこでメルトがふっと笑う。
「むしろ僕が一番詳しいんじゃないかな。図書館はもとより、魔術省の予算で本を買い漁った。あとは君くらいか。ほとんどの錬金術師が死熱毒の名前も知らないだろう」
「もうひとり、詳しい人がいるはず――この毒を調合した人間です」
結局、暗殺未遂事件では黒幕や調合者は捕まらなかった。
逮捕されたのは毒を盛ったり運んだりした末端の人間だけ。
「ああ、まぁね……でも真犯人はわからないし。国内の人間じゃないかもしれない」
「……それはそうですが」
「死熱毒に即効性はないが、治療薬もない。確実に殺したいなら良い選択だけど……もし黒幕が相応の立場なら、調合者も国外から招き入れられる。とてもじゃないが、調査しきれないよ」
反論できない。そもそも暗殺未遂が起こって半年、確たる結果が出ていないのだ。
あのアズールが調べていても……。
「でも諦めるには早いのでは。近隣諸国を含めて、どこででも調合できる代物ではありません。死熱毒の材料ルートも手掛かりになるかと」
「駄目だ」
メルトがはっきりと拒絶して首を振る。
「この件でアズールの力は借りない。これだけははっきりと言っておく」
「……なぜですか。理由を教えてください」
「僕にもプライドがあるんでね。自分に毒を盛った犯人を捕まえてくれだなんて、皇族としてみっともない」
そんな馬鹿げた理屈で。
あり得ない、それこそ自分の命がかかっているのに。
そこで私はふっと、この状況そのものを俯瞰してしまった。
(……まさか、そんな。でも、もしかして……)
私がこの『魂の奴婢の館』に来たのは、ほんの偶然だ。
誰かに誘導されたわけでは決してない。
そしてアズールも私と遭遇したのは完全な偶然のはず。
(メルトの死熱毒のことをアズールは知らない――?)
いや、そんな……でもアズールは何も言わなかった。キャサリンもそうだ。
彼があと2年で死ぬなんて、誰も思っていなさそうだった。
それに先週、ティリエは何て言っていたか。
――メルトの後ろ盾になって欲しい。
救って欲しい、のではなく。
確か、それだけの話だった。
(メルトが死に至る毒に侵されていると知っていたら、あのティリエもまず助けろと言うはず……)
私はこの推論を顔に出さないよう、必死になって抑えた。
聞いても駄目だ。答えるとも思えないし、私が勘付いたと知られてはマズい。
メルトがどう反応するか、読めない。
でも彼が意図して隠しているのなら、決していい結果にはならないだろう。
とりあえずは素直に返事をして、話を先に進めよう。
「……わかりました」
「ま、わかってくれればいい。ここでのことは他言無用だ」
メルトはそう言うと、テーブルの上にあるブローチを手に取った。
武骨で――皇族の身につけるアクセサリーには見えない。
「とはいっても死熱毒の治療を諦めるわけじゃない。僕は僕の裁量で治療したいだけだよ」
彼はブローチを持って、私に近寄る。
そしてそっとブローチを私に差し出した。
ブローチには荒々しい彫刻でフクロウの姿が刻まれている。
「このブローチは宵闇通りの上流階級の証だ。これがあれば宵闇通りはどこも顔パス、好きなように動ける。社員証のようなものさ」
差し出されたブローチを受け取る。
手のひらで触れると、わずかに魔力を感じた。
……これだと偽造は相当大変だろうな。
「というわけで、これで君も僕の裁量の内だ。さて、作業に取り掛かろうか」
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