35.皇太后の訪問
もしアズールが帝都にいるなら、ティリエはこうして動かないだろう。
半ば確信めいたものを抱きつつ私はキャサリンに尋ねた。
「陛下は今、どこにおられますか?」
「公用で帝都の外に出かけておられますにゃ」
やはり、そうか。
その隙を見計らってやってきたというわけだ。
「……無理にお会いになられる必要はないと思いますにゃ」
キャサリンがおずおずと申し出る。
まぁ、そうだろう。取次役のキャサリンとしてはティリエ訪問の件を私に伝えない訳にはいかない。
会うか会わないかは私やアズールが決断するべきだからだ。
「あなたは反対なのね、キャサリン」
「ソフィー様、決して愉快な会談にはならないですにゃ」
キャサリンが申し訳なさそうに言う。
別に彼女が悪いわけじゃない。
さて、どうするべきか。
個人的にはもちろん、気は進まない。
でも彼女はアズールに排除される側の人間……いわば敵だ。
その敵、しかも皇太后が会いに来たのだ。
逃げ回れば私の評判に傷がつく。
皇太后の狙いはまさにそこだろう。
(……それに死熱毒の件もある)
アズールの暗殺未遂、メルトが身代わりになった毒の事件。
この黒幕は捕まってはいないらしい。メルトも口を濁していた。
皇太后が関与している可能性もゼロじゃない。
「会いましょう、貴賓室にお通しして」
「お、お出迎えをされないでですにゃ?」
「ええ――必要ないわ」
馬鹿じゃなければ、これで私の立ち位置をわかってくれるだろう。
まぁ、そのまま帰ってくれるならそれでもいいのだけれど。
ややあって貴賓室で待っていると、周囲が慌ただしくなった。
ティリエは出迎えがなくてもいいと決めたらしい。
「皇太后様がおいでになりましたにゃ」
「どうぞ」
貴賓室の扉が開かれ、ティリアが現れた。
薄い金のドレスに豪華なアクセサリー。一目で見てわかるほどの金満振りだ。
年齢は30代後半のはずだけれど、20代終わりに見える。
狡猾な狐のように切れ長の瞳、濃いアイライン。
細身だけれど油断ならない捕食獣の雰囲気を振りまいている。
顔には余裕が出ているものの、不快感は隠し切れていない。
よし……少しだけ私のほうから歩み寄ってみるか。
「はじめまして、ソフィー・セリアスと申します」
「ティリエ・リディアルよ、会えて嬉しいわ」
ちっとも嬉しいという感情が伝わってこない。
目元を動かさずティリエが早口で言い放つ。
「あのアズールが連れ帰ってきたから、どんな猛獣かと思いきや……中々の器量で驚いたわ」
「……恐れ多い御言葉です」
「まともなトール族で本当に安心ね。ここはそうではない人間も多いから」
それはケットシー族や他の種族に対するあからさまな侮蔑だった。
ぎょっとしてしまうほどの露骨さで、ティリエは躊躇なく口にしたのだ。
この世界ではトール族とケットシー族、コボルト族でも問題なく子どもが作れる。
だからこそ法的にも差別はないというのに。
「さて、義理といえども親子水入らずで話をしたいものだわ。あなたも気兼ねなく色々と私に聞きたいことがあるんじゃなくて?」
ティリエがメイドたちに瞳を動かした。
要はふたりきりで密談したい……と。
多分、アズールにもティリエ来訪の一報は伝わっている。
昨日の挨拶回りで除外されたことを考えても、この訪問を快く思うはずはない。
なんなら、当人が飛んで帰ってきて止めかねない。
のんびり雑談をする時間はない、というわけだ。
……望むところだ。
キャサリンたちを侮辱した、その口で何を語るのか。
聞いてみようじゃないか。
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