33.見解
メルトを説き伏せられる材料がない。
ありうる切り札は、私が知っている未来のことだけ。
でもこの札は切れない。
切っても納得させられるだけの証拠もない……。
出直すしかないか。
「わかりました。今日はこれで失礼いたします」
「ああ、そうしてくれ」
メルトに背を向け、階段に向かう。
階段の手すりに手を置いて最後にちらりと振り返るが、メルトはシーツを被ったままだ。
「ちなみにですが、この魔法薬店で私の力は要りますか?」
「……君は何を言っているんだい?」
「だって腕の良い、お眼鏡にかなう人がいたら案内するよう店主に申し伝えていたのはあなたでは。でないなら、ここに案内させるはずがありません」
「…………」
メルトは即座に否定も拒絶もしなかった。
「私の力は十分なものだと思うのですけれど」
「あの人が許すとは思えないよ」
彼の指すあの人、というのがアズールのことだとすぐに察せられた。
でもその切り返しの言葉はもう用意してある。
「いいえ、あの人は自由にしていいと私に言いました。これはその範疇に入ると思います。別に帝国の敵へ仕えるという訳でもありませんし?」
明らかに敵国のスパイになるというわけじゃない。
さらに言えば、メルトの手伝いをするのはリディアル帝国の皇族を手伝うことなのだ。悪いはずがないということにしておこう。
「君……思ったより、言うね」
「アズール様もそのほうがお好みのようなので」
「……そう? そうかな。あの人は支配したがりの人だと思う」
シーツの中からもごもごと声がする。
「そもそもあの人はなんで、君を連れてきたんだ。君はこの国の出身でも何でもないでしょ」
「ええ、今日初めて来たくらいで」
「その前にも社交会や夜会で――君を見た記憶はない」
「ですね。リディアル帝国の方々とはさして親しくなかったかなと」
「錬金術の腕があるのは認める。僕ですら君の影を踏むこともできない。でも、それだけで君を婚約者として連れ帰ってくるなんて……。君も何を考えてこの国に来たんだ」
「それは……まぁ、自由になりたかったからと言いますか……あとはケットシー族やコボルト族やヴォーパルバニー族の皆さんがとてもふもふも素晴らしいですし……」
さすがにその答えは想定外だったようで、沈黙が流れる。
私はわりと本気だったのだけれど。
「わかったよ。あの人なら君を気に入るだろうね」
「ちょっと引っかかる言い方をされますね」
「気のせいだ。君にその気があるなら……来週、同じ曜日の夜にまた来るといい」
メルトが咳き込む。
「ごほっ、店主には言っておく。もちろん他の人間には秘密で、来るのは君だけだ」
「わかりました。ありがとうございます」
何をするかは全然わからないが。
でもひとつ、進展はした。
ゆっくりと階段を降りる。
すっかり夜更けになったような気がする。
1階に降りると客はいなくなっており、店主だけが残っていた。
髭面の店主は甲斐甲斐しく棚整理をしている。
「終わったか」
「はい、どうやら認めてもらえたようです」
「そりゃ何よりだ。あんたの棚をこの店に作ったら、飛ぶように売れるだろうな」
「ありがとうございます……!」
最後に良い気分になりながら、私は店を後にした。
そのまま通りをすっと通り抜け、帝国大学の隠し通路から離宮へ戻る。
特に不審がられることも、バレたこともないようだった。
ふぅ……。
来週、来週ね……。
メルトは何のために錬金術師を集めようとしているのか。
それはまだわからない。
でもこうして関係を深めていけば、きっと運命を覆す瞬間にぶち当たる。
そう信じるしかない。
これはアズールへの裏切りなんかじゃない。
むしろ……彼が傷つかないようにするための、私の精一杯なのだ。