32.死熱毒
これは文字通り、身体に魔力の黒斑ができて死に至る毒だ。
原作で完全に説明があったわけではないけれど、黒斑は熱を持ちながら広がってやがて命を奪う。
その苦しみは想像を絶する――はずだ。
「君もコレを知っているんだね」
メルトがさほど意外そうでもなく、ささやく。
「まぁ、不思議はないか……。ランデーリ王国で最高の錬金術師なんだから」
「一体いつからこうなのですか?」
原作に出てきた死熱毒は確か初期症状だけで、黒斑はずっと少なかった。
でも発症してしまったら死は免れない。いずれ絶対に死ぬ毒だ。
でも原作では初期症状の段階で主人公がアズールの手を借り、世界で初めて治療薬を完成させてめでたしめでたし――そういう流れだった。
目の前のメルトは初期症状より遥かに重症なように思える。
むしろ……日中、魔術省で会った時には想像もできなかったくらいだ。
「噂話でちょっとくらいは聞いたんじゃないのかい」
その微妙な言葉で私はピンときた。
「暗殺未遂の件ですか。その後遺症……?」
「その通りだよ……放っておいてくれ」
「死にますよ、いいんですか」
私は語気を強め、メルトに迫った。
メルトの口をこじ開けないと話が始まらない。
「それもわかってるよ。だけど君には関係ない」
メルトが蠅を払うかのように手を振るう。
その仕草、投げやりな態度。
なぜ、そんな態度を私に取るのか。
話してくれれば――話をちゃんとしてくれれば、助かるかもしれないのに。
私はそこで感情を爆発させた。
「いい加減にしてください!」
自分でも思ってもみなかったほどの大声が出た。
「わかっているんですか! あなたはこのリディアル――」
帝国の皇族なのですよ。
しかし、その言葉は飲み込まざるを得なかった。
メルトが私の口に手を当ててきたからだ。
一瞬の後、その発言をここでするのはマズいと理解する。
「ちょっと落ち着いて。下の店にいる連中は僕の正体を知らないんだから」
「……(こくりと頷く)」
「本当にわかってる?」
「……(こくこくと何度も頷く)」
何度も頷いて、ようやくメルトが手を離してくれる。
とはいえ、これは私が悪いのだけれど。
「なら、いい。……僕もムキになった」
メルトが首を振り、ベッドへ横になる。
「君はアズールの婚約者だ。いわばこれから家族になる――無関係とは言えない」
「……はい、その通りです」
「だからこそ、君は知らないほうがいい。僕から言えることは何もない」
彼の言葉には諦観と拒絶があった。
どうあっても、話したくないらしい。
良くはない。モヤモヤする。
でも仕方ない。
まだこの国に来た初日なのだ。
彼の信頼を得られるはずがなかった。
でも、最後にひとつだけ。
「わかりました。ですが治療の手立てはあるのですか?」
「必要ない――君の世話にはならないよ」
……メルトはそのまま静かになった。
この場で彼を動かす言葉があるのだろうか。
ある。あるにはある。
アズールの名前を出せば、きっと反応する。
私には確信があった。
メルトはなぜ宵闇通りにいるのか。
ここで魔法薬店のオーナーをやっているのか。
どうしてここで唸っているのか。
複雑な事情があるにしても、その中心はアズールのはずだ。
彼が命じたことであれ、彼の目を盗んでの行動であれ。
でも私の勘がそれを押しとどめていた。
(アズールの名前を私が出してしまったら……)
もしアズールに話してどうにかなることなら、メルトはそうしているはずなのだ。
そしてアズールに解決できることなら、とっくに解決しているだろう。
しかし、死熱毒はまだ治療薬がない。
いや、死熱毒はそうだけど……違う。メルトの死因はアズールのはず。
この毒で死ぬわけじゃない。そういう運命ではない。
(……どういうこと?)
わからない。
わからないことだらけだけど、この場で私にできることはもうなさそうだった。
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