23.伝達事項
「……とりあえずお金はお預かりして、使い道は後で考えますので」
「ははっ、わかった。まぁ、好きに使いなよ」
離宮の3階へ向かう。部屋数は少なく、廊下も広い。
絶賛、壁紙も治していた。
「3階が私室だったから、そのまま使えるようにしているよ」
アズールの言葉通り、この3階がプライベートエリアとして設計されていたらしかった。まぁ、普通はそうなるよね。
「書斎、来賓室、宝物室……ま、オーソドックスなものさ」
「当面は十分です」
宝物室に入れるようなものはない。
錬金術の素材置き場にしようか。それとも第二の書斎がいいだろうか。
私は頭の中でレイアウトを考え始めていた。
この瞬間が一番楽しいかも。
3階の各部屋は落ち着いた内装と調度品だ。
ここも白が基調になっており、ホテルのスイートルームみたいな……。
多少変えるにしても大幅に変えることにはならないと思う。
(100億をぱーっと使えたらいいんだろうけど)
しかし悲しいかな。
前世の記憶を持つ私にはそんな無鉄砲なマネはできない。
(……自分のお金だと思うと使えなくなるなぁ)
1年分ってことだし、むしろ今から使い切る計画を立てちゃダメなんだけど。
しっかり考えないと。
こうして離宮を案内され、最後に3階の執務室へ到着する。
ブラウンのきめ細やかな木目の机と本棚が品良く美しい。
この部屋だけは他よりも最初から仕事部屋という雰囲気だ。
アズールが身体を傾け、キャサリンへ話しかける。
「ちょっと外してくれないかな、キャサリン」
「はいですにゃ」
そう言うとキャサリンが執務室から出ていった。
残されたのは私とアズールだけだ。
「……どうかされたんですか?」
アズールが私のそばに来て、ささやく。
「この部屋にはちょっとした秘密があってね」
「はい……?」
執務室の扉は閉められている。
それを確認したアズールが私を手招きした。
招かれたのは机の右棚の一番下。
とても分かりづらい位置に――スイッチがある!
「まさか、これは……」
「押してみなよ」
よくスパイ映画とかで見る、アレだろうか。
ちょっとドキドキしてしまう。
「では――」
ぽちっとな。
スイッチは軽く力を入れただけで押せた。
同時に音もなく右の本棚がスライドする。
ちょうど人がひとり通れるくらいの隙間ができた。
「おおー……隠し通路ですね」
「ここから宮殿群の外縁部にいけるよ」
「そんなに遠くまで……?」
「言っても、早歩きで10分もかからない。この離宮は中心部にあるわけじゃないからね」
位置関係は頭に入り切っていないけれど、確かにこの離宮はそうかも。
すっと抜けるなら……しかしよく作ったものだ。
でも使えるのだろうか。
中で立ち往生なんかしたら困る。
と、私の疑問が顔に出ていたのか。アズールが微笑む。
「ちゃんと道も繋がってる。心配ない」
「……もしかしてご自身で試されたのですか?」
アズールの性分として、こうした重大事を人に任せるとは思えない。
私が指摘すると肩をすくめた。
「まぁね、この抜け道はキャサリンも知らないし。」
アズールが開いた隙間に手を伸ばし、ぐっと力を入れた。
何かを押したような動きだ。
アズールが腕を引っ込め、隙間を注視する。
数十秒後、本棚がふたたび音もなく元の位置に戻った。
「御覧の通り、入り口のスイッチを押すと本棚は元に戻る。忘れないようにね」
「わかりました」
ふーむ、しかしこれを使えばお忍びで帝都にも出かけられるのでは?
いや、他の人が邪魔というわけじゃないけど。
「で、僕から離宮の引継ぎはこれで全部なんだけど」
そこでアズールが私に向き直り、近寄ってきた。
……ちょっと近い。下半身が机に当たる。
なんだろうか。抜け道よりも大切なことがあるのかな。
「えーと……他にもなにかあるのですか?」
「メルトに会ったんだって?」
アズールの金色の瞳が輝いた。
こわっ……。
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