2.脱出
計算して部屋中に薬品をぶちまける。
万が一のために自作ポーションも持ち出して。
昨夜、あんな風に言った時は絶対にクーデリアが完成品を見にくる。
決行するのはその時だ。
とんでもないことをしようとしているのに、なんだか私は落ち着いていた。
きっと寝不足でハイになり過ぎているんだ。
「……ふふっ」
思わず笑ってしまう。
フィリスもクーデリアも、私がこんなことをしでかすとは思わないだろう。
一年も黙って従ってきたんだから、今さらだ。
でも、もう前世を思い出したからには従う気なんてない。
扉の外から大きな足音が近寄ってくる。
「さぁ、ポーションは完成したんでしょうね……!?」
居丈高に扉を開けて乗り込んできたクーデリアが目を剥いた。
まぁ、無理もない。
工房の中央で薬品の瓶を持った私が仁王立ちをして。
部屋中に薬品やら何やらがぶちまけられているのだから。
「な、なにをしているのよ!?」
「火をつけようかなと思いまして。もう全部が嫌になりました」
「はぁ!? 何を言ってるの……!」
クーデリアの声に張りがない。
……怯えている。
いい気味だと内心、ほくそ笑んでしまった。
「と、とにかく……その瓶を下ろしなさい。危険だわ」
「……足元、もう薬品に濡れてますよ」
クーデリアのいる扉周辺の床は薬品まみれだ。
ばっちり彼女の靴が薬品を踏んでいた。
で、ちょっとだけ手に持った瓶を振る。
「ひぃっ!! や、やめて……!」
クーデリアが情けない声を上げて後ずさる。
これが昨日まで強気だったあのクーデリアか。
もうちょっと脅してもいいかな。
そうすれば、私が逃げ出した後も楽になるかも。
私はあえてぞっとするような声を出した。
「やめてください、ですよね?」
「……え?」
「ですよね?」
「や、やめてください……!!」
頭のイっちゃった錬金術師ほど怖いモノはない。
クーデリアはこくこくと頷いて懇願した。
言わせてなんだけど、私の中の答えは決まっている。
私は渾身の笑みを浮かべた。
「嫌です」
その瞬間、私は手に持った瓶をクーデリアの足元へ投げつけた。
「きゃぁっ! いやぁーーー!!」
瓶が床にぶち当たると純白の閃光が視界を満たした。
同時にもうもうと緑と青の煙が出る。
庭や工房の外から声がする。
「な、なんだ!? 事故か!?」
「消し止めろーー!!」
ふふん、監視たちも訳が分からず叫んでいた。
まぁ、そのためにド派手な光と煙の出る薬品を選んだのだ。
煙が室内を満たす。
なるべく吸わないように口を押さえて……。
アズールは王都のどこかにいるはず。
とりあえず逃げ込んで……そこから先はまたどうにかするしかない。
「最後に、もうひとつ!」
テーブルにあった小瓶を薬品まみれの窓へ投げつける。
お腹に響く衝撃と轟音。
窓の強化ガラスが外へと飛び散った。
計算通り……!!
あとは混乱に乗じて逃げるだけだ。
持てるだけの薬品を持った私は、窓から庭へとジャンプした。
工房からは七色の煙が物凄い勢いであふれ、館を包み込んでいる。
多分、王都のどこからでも見える大惨事だ。
あの煙はちょっと目や鼻にしみる程度で、死人は絶対出ないと思うけど。
「……やり過ぎたかな?」
これは不可抗力なんです。
心の中で言い訳しながら、私は庭を疾走した。
芝生と磨かれた石しかない見晴らしの良い庭。
いつもいる見張りもどこかに行っていた。
しかも好都合なことに、館の周囲には野次馬が集まりつつある。
やった……!!
あの集団に紛れ込めば、私を探し出すのに時間がかかる。
この庭さえ駆け抜ければ――。
その時、庭に黒い影が差した。
鳥にしては不自然に大きい。
ふわりと影の主が目の前に降り立つ。
そ、空からやってきた……?
「あー、まったく。なんてコトしてくれたんだか」
「――えっ?」
「まさか朝早く会談に来て、こんなことに巻き込まれるだなんて。
あはっ、幸先良いねぇ」
私の前に突然、とんでもない美形の男性が立っていた。
すらっとした鼻筋、男なのにぱっちりと長くて整った睫毛。
180センチを超える長身は細身だけれど、服の上からでもわかるほど筋肉質。
鈍い銀の髪は背の中頃まで伸びており、前髪には紫の髪が混じって、跳ねた毛先がふんわりと踊っていた。
非の打ちどころのない外見だけれど、目を引くのは金色の瞳だった。
切れ長の目はあらゆるものを値踏みし、好奇心を秘めている。
熱いようで、でも奥底は22歳とは思えないほどにとても冷たい。
完璧な容姿を持つ彼の瞳が面白がって輝いていた。
どこを切り取っても神様の作った芸術品のようで。
頭がくらくらして、こんな時なのにずっと見ていたいほどの綺麗すぎる男性だ。
その彼が私の顔を覗き込んでくる。
金色の瞳が私の魂を貫くようだった。
「ねぇ、これって僕を暗殺するためにしたの?」
目の前の彼が館の騒ぎを指差す。
(嘘でしょ、どうして彼が……)
私はこの人を知っていた。
彼こそアズール・リディアル――私が助けを求めようとしていた人だった。
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