19.魔術省のメルト
『僕の手は血に塗れている』
これはメルト殺害を語った時のアズールのセリフだ。
でもどういった事件なのか、実は原作でも詳細には語られていない。
ただ、断片的な情報だけが読者へと示されただけ。
(だとしたら、この人の命は……)
今、私がいるこの時間は本編開始から約1年前。
本編開始時点でメルトは死んでいたはず。
ということは、これから1年以内に――彼が死ぬような事件が起こるのだ。
そして事件はアズールも大いに関係している。
「……?」
手を差し出したままのメルトが小首を傾げる。
しまった。
考え事に集中しすぎて、目の前の彼を放置してしまっていた。
それはマズい。
「す、すみません! まさか陛下のご親族とここで会うとは思わなくて」
慌てて手を差し出して、握手する。
……アズールよりも肌がさらに白く、どことなく幼い。
従弟、ということはアズールよりは何歳か年下なのかなと思った。
原作の中では年齢さえも触れられていない。
名前、親族であること、死んだこと……原作情報はそれくらいか。
全然彼自身のことについてわからない。
メルトがふふっと笑い、手を放す。
「僕は基本的に夜型だからね。それに気が乗らない時は、1日中寝てるし」
「な、なるほど……」
どうやらずいぶんと気ままな生活をしているらしい。
雰囲気にも確かに出ている、ような気がする。
同じ素体でもアズールが隙のない名優ならば、メルトは飾らない学者だ。
「でも間に合うよう起きたんだよ? 連絡が回ってきてね」
「……私のですか?」
「もちろん。あの陛下がまさかね。どんな珍獣を連れ帰ったのかなぁって」
珍獣……。なんという評されよう。
否定しきれないことも悲しい。
「でも可憐で美しいお嬢様で安心した。ランデーリの公爵令嬢なら、心配ない」
上げてくれた……。浮き沈みが激しい。
この言いようはアズールにも似ている。
「ど、どうもです」
「それに魔術省に入れるってことは、信用されているんだろうしね」
「ここはそんなに立ち入り制限がありますので?」
「当然でしょ。国家機密が床の上やら机の上に転がってるよ」
メルトが室内を見渡す。
職員がぎくりとして、いそいそと片付けるフリを始めた。
「君はまぁ、こういう場も慣れてるみたいだね」
「錬金術師をしておりましたので」
「そうですにゃ、ランデーリからくる高品質のポーションはこの方が作っておられましたのにゃ」
「うん、それも聞いた。にしても……ふぅーん、君がね……」
メルトが目を細め、身を翻す。
「ちょっと来てくれる?」
「は、はい……!」
キャサリンも否やとは言わないので、おとなしく彼についていく。
魔術省の塔の階段を下り、地下へ。
じめっとしてひんやりと涼しい場所に目的地があった。
「ようこそ、ここが僕の工房だよ」
数々の薬品棚、作業台、それに書物。
びっくりするほど整頓され、ゴミひとつ床に落ちていない。
(私の作業場と全然違う!)
なんとメルトは綺麗側の人間だったようだ。
ちょっと悔しい。
メルトが作業台にある液体入りの瓶を軽く掲げた。
黄緑色の液体とウィスキーのような瓶――とても見覚えがある。
「これが君の作ったポーションでしょ?」
「はい、こちらにもあったのですね」
「分析するためにね」
何気なくメルトが言ってのける。
……悪気はないんだろうけど。
ポーションは戦略物資なので、これも当然だろう。
分析しないはずがない。
瓶を戻した後、次にアズールがその隣にある黄色の液体入り瓶を掲げる。
「途中まで再現できたんだけど、ここからが手間取ってね。君なら簡単にクリアできるんじゃないかい?」
「殿下、それについては……」
さすがにキャサリンがたしなめる。
でもそれをすっと手で制し、私は前に進んだ。
「キャサリン、構わないわ。私の作ったポーションですもの」
「……にゃ、ソフィー様がいいのでしたらですにゃ」
これは挑戦だ。
私が本当にポーションを作っていたか、知りたがっている。
口実を設けて逃げてもいいけど、そうしたら先には進まない。
殿下――アズールの従弟に認めてもらうのは、私のごろごろ自由生活には大切だ。
「ちょっと失礼します」
メルトの視線を感じるけれど、それを意識から取り払う。
黄色の液体はポーションの完成前段階にある兆候だ。
ここから魔力を練り込み、織り交ぜる。
メルトが上手くいかないのはそこだろう。
私は瓶を前に寄せ、両手で包み込むようにした。
意識をゆっくりと瓶へ集中させていく。
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