14.報い
それから私は父と愛人を着の身着のまま、屋敷から放り出した。
与えたのは一台の馬車と彼が飲んでいたゴブレットだけ。
今、屋敷にはリディアル帝国の人に来てもらい、後始末をしてもらっている。
主にアズールがアレした人たちの手当てだけれど……。
まぁ、錬金術関連の品々も運んでもらわないといけない。
私とアズールは屋敷の外れにあった工房にいる。
新築だけど何も使った形跡はなく、本と道具が置かれているだけだった。
「どうやらお目当てのモノは無事みたいだね」
「はい、それだけは良かったです」
定期的に掃除だけはされていたようで、埃っぽくはない。
椅子に腰掛けると本棚と薬品棚に囲まれる。
ひとりで作業するのが好きだった私には、この眺めは落ち着くものだった。
さほど大きくないテーブルには椅子がいくつか。
腕を伸ばせばぎりぎり反対側に届きそうな。
対面にアズールが座る。
「食事だけど、ここでするかい?」
「いいのですか?」
「静かなほうがいいだろう。もう少し、ここに残らないといけないしね」
実際、その通りだった。
父は領地経営を人に任せきりだったから、支障はない。
それでも引継ぎは必要だし、説明も必要だ。
少し待っているとキャサリンがふもふもと料理を運んできた。
「ビーフシチューと香草パン、果物の詰め合わせですにゃー」
「わぁ……!!」
とろとろに煮込まれたビーフシチュー、それにハーブ類を織り込んだパン。
今は夏なので、メロンにぶどう、ブルーベリー。
飲み物はさっぱりとしてそうな紅茶だ。
胃が食べ物を、食べ物を欲している……!!
朝から、むしろ昨日の夕方からちゃんと食事をしていない。
飲んだのはポテトスープのみ。もう本当にお腹が空いていた。
「ご馳走になります!」
「キャサリンの献立は絶品だよ。どうぞ」
はふはふとビーフシチューを食べていく。
瞬間、柔らかな牛の旨味が背筋を駆け上った。
「美味しい!!」
「お褒めに与り、光栄ですにゃ。おかわりもございますのにゃ!」
キャサリンはそう言うと、一礼して工房から退出していった。
……気を利かせてくれたのだろう。
そう、私はアズールに話さないといけないことがある。
「ごめんなさい……!!」
キャサリンが去って開口一番、私はそう言って頭を下げた。
アズールが口元を隠しながら笑う。
「ふふっ、何を謝る必要があるんだい? 君は何も謝るようなことをしていない」
「いえ、計画とは言っても――あなたを危険に晒したのは事実ですのでっ」
「見くびらないで、あの程度は危険の内に入らないよ。気にしなくていい」
ひらひらと手を振ったアズールがパンを手に取り、かじりつく。
もうこれでこの話は終わりだ、とでも言うように。
でも私はアズールに対しては誠実でいたかった。
「きちんとお詫びをしたいと思います」
「君も真面目だねぇ……」
決めていたことがある。
ここでの父とのやり取りがどうであろうと、アズールにも利益はあるべきだ。
私の手元に残るのは、この工房だけでいい。
「この工房を除く、セリアス公爵領の全て。これらをリディアル帝国に捧げます」
「はぁっ……!?」
目を見開いて驚いたアズールがパンをぽろっと落とした。
落とした先がお皿なのが彼らしいけれど。
「君、正気かい?」
「正気です。陛下のみならず、リディアル帝国の皆様にもご迷惑をおかけしました。それに報いるにはこれしかありません」
「…………」
アズールが私を見ている。
王子とのやり取りでもあった、私の魂を見通そうとする瞳だ。
ややあってアズールは顔を緩めて笑い始めた。
「ふっ、ふふ……あはは、君ってば本当に面白いね! 一日にこう何度も笑わせてくれるなんてさ!」
「なんとでも仰ってくださいませ」
「くくく、誠意は受け取ったけれど、領地は受け取れないな」
「……なんと?」
「ここのことは全然知らないからね。それに僕はニンゲンが多いところが好きじゃない。リディアル帝国の人もそうだろう」
しまった、リディアル帝国の方々は他国人からは差別され、偏見で見られる。
それを計算に入れてなかった。
「だから、こうしよう。共同経営だ」
アズールが手に持っていたパンをふたつにちぎった。
「リディアル帝国にもニンゲンは当然いる。けれど、肩身が狭いのも事実だ。もしこの領地で仕事を見つけられれば喜ぶ。僕が支配するんじゃない、あくまでビジネスパートナーとして関わらせてもらえるなら話を受けよう」
「は、はい……! では、それで!」
「にしても君はいつも抜け目ないね。この工房の外、か。君自身は入ってない」
アズールが工房を見渡して、目を細める。
「手を出して」
「……はい?」
「いいから」
言われるがまま、腕を出す。
その手を取り、アズールが手の甲に口づけをした。
「新しい契約の代わりにね」
「な、あっ……」
「嫌だったかい?」
くっ、卑怯な……!!
そんな小犬みたいな顔をされると、嫌とは言えなくなる。
――嫌なわけではないのだけれど。
ただ、私の胸の鼓動が高鳴るだけだ。
「そういう訳ではありません……っ! 不慣れなだけです!」
これは契約のはず。
でもアズールが面白がって、私に目を向けるたび嬉しくなる。
それは否定しようのないことだった。
手を放したアズールが変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。
何事もないように。
「ところでさ、君の父親なんだけど……情はある?」
「いいえ」
「あ、やっぱりね。わかった」
にっこりとアズールが笑う。
……これもわかっていたことだ。
ジョレノはさらにひとつ、大きなミスを犯している。
それはアズールと和解せずに追い出されたこと。
絶対にそれはしてはならないはずだったのに。
でも仕方ない。
機会は何度もあったけれど、和解のカードは全部失ってしまった。
いや、私はわかっていて奪ったのだ。
「じゃあ、食事に戻ろうか。おかわりが必要ならキャサリンを呼ぼう」
「はい! ビーフシチューがさらに欲しいです!」
遠く離れた国の安酒場でジョレノと愛人がつまらない喧嘩に巻き込まれ、死んだ。
その一報を受け取ったのは、この日よりずっと後のことだった。
これにて第2章、終了です!
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