11.父と娘
それはアラン=ウェズールから降りる前。
ソフィーはアズールに向かって、はっきりと言った。
「今回の件は私に任せてもらえませんか」
「……君に?」
「はい」
「僕としてはソフィーのご両親にきちんと挨拶したいんだけどな」
アズールの口調は優しい。彼はどこまで私を知っているのだろうか。
もしかしたら、全部かもしれない。
でも譲りたくはなかった。
アズールが前面に出れば、父は上手くやり過ごすだろう。
その程度の社交性はある。
この胸の中の怒りをどうにかするには、私じゃないとダメだ。
やられっ放しで納得なんてできない。
私相手なら……父も本性をさらけ出す。
その確信があった。
「しかし約束したからね。君の意志を尊重するよ。君の好きな通りにしてみたらいい」
「……ありがとうございます」
「一応、警告しておくよ。君が前に出るということが、いい結果に繋がるかはわからない。見たくもないものを見ることになるかもしれない」
「構いません」
正直なところ、私は別にいい子ちゃんってわけじゃない。
もう私の深い部分は16歳の世間知らずではないのだから。
黙ったままには絶対にできないのだから。
こうして私は小型船に乗って、屋敷の前へ降り立った。
私が生まれ育った屋敷は質実剛健で飾り気がなく、それが落ち着けてよかったのに。
今の屋敷はきらびやかで飾りが多すぎて悪趣味だ。
屋敷に入るとなおさら、私は嫌悪を覚えた。
あまりにも金や銀の装飾が多すぎる。
人にみせびらかすため、父ジョレノの虚栄心を満足させるための屋敷だ。
大広間に到着すると、父の愛人であるビアーサが眉をひそめた。
「……ソフィー? どうしてあなたが?」
私はビアーサの言葉を無視して広間の席に着いた。
彼女は眼中にない。用があるのはジョレノだけだ。
「あなた! 生意気よ、返事をしなさい!!」
「機嫌をうかがう挨拶もなしに、どうしてあなたと話さないといけないのですか。そこまでへりくだる必要性を感じません」
「なっ……!?」
思ってもみなかった反撃にビアーサが言葉を失う。
仮にも王子の婚約者だった私にそこまで盾突く勇気は、ビアーサにはないだろう。
強い瞳で見つめ返すと、ビアーサが向かい側に着席したジョレノに向き直った。
「うっ……あなた、何とか言って」
「こほん、ビアーサには敬意を示せ」
答えずにいると、ジョレノが不愉快そうに口火を切った。
「それで、どうしてお前は急にリディアル帝国の船に乗って、実家に戻ってきたんだ?」
「これからはリディアル帝国で暮らそうかと思いますので、その前に立ち寄りたかっただけです」
「な、なんだと……リディアル帝国へ!?」
「はい、王子の元での生活は嫌気が差しましたので」
ジョレノが目を見開き、ビアーサが呆然と口を開けた。
まさかこんな答えだとは思ってないだろう。
正直、いい気味だった。
私もようやく親に言い返せるようになったんだから。
そして、この反応で確信した。
まだ王都からの連絡はジョレノには入っていないようだ。
「な、なにを言っておる! 王子が、フィリス王子が認めるはずがない!」
「王子の承諾が必要なんですか?」
「当たり前だ! 勝手なマネは許されんぞ!」
ダンッとジョレノがテーブルを叩く。
ゴブレットが揺れてワインがこぼれるほどの強さだった。
もう私にはそんなことは効果ありませんけどね。
「はぁ……王子には愛人が複数いて、しかも隠し子までいたんです。有責事項で婚約破棄して、何が悪いのでしょう」
「それがどうした! そんな理由で婚約まで破棄したのか!」
やっぱりジョレノにとっては、そんなことだったんだ。
まぁ、母との経緯やビアーサを考えても期待はしていなかったけれど。
ジョレノはやはり骨の髄まで腐ってる。
「馬鹿者め……それで王都を抜け出し、戻ってきたのか」
「ええ、思い入れのある錬金術の本や道具がここにありますので。それを取りに」
「……おとなしく、渡すと思うのか」
「どうせお使いにはならないでしょう?」
「ふん、子どもなどいくらでも増やせる……お前に渡すなど、もったいない!」
やっぱりか……。
本と道具を譲ってくれれば、穏便に終わらせようと思ったのに。
ここからはもっと意地悪になるしかない。
「私が王都に連絡を入れれば、もっと大事になりますよ」
「なんだと……?」
「結納金や王都で作ったポーションの利益でこの屋敷を建てたのでしょう。そのゴブレットもこのテーブルもずいぶん高そうですし」
ジョレノの声が低く、攻撃的になる。
「何が言いたい、ソフィー」
「陛下に懇願すれば、その利益は私のモノになるはず――と言いたいのです」
「き、貴様……!!」
これはハッタリだ。実際、どうなるかはわからない。
悪いようにはならないだろうけど……。
でも陛下の力添えがあったとして、強制的に取り上げるのも時間がかかる。
資産を隠される危険もあるだろうし。
だから、今だ。
今、ここで父を追い詰めないと最大限の利益にはならない。
「おかしいことでしょうか? 婚約者になってからはもう、私はセリアス家の人間じゃありません! その労働利益は本来、私に帰すべきはず。父のあなたの手元にあるのが間違いです!」
「俺から財産を、金を奪おうというのか!」
ジョレノが激怒して立ち上がり、執事に目配せする。
執事が慌てて走り去る――何を指示したのか予想はつくけど、それは止めたほうがいいのに。
「そ、そうよ! そんなことは認められないわ!」
「お前は黙っていろ!!」
愛人を一喝したジョレノが目を怒らせた。
わかっているのだ、理はこちらにあると。
小太りの顔が紅潮し、危険な殺気を帯びていくのがわかる。
少なくともポーションの利益くらいは私に渡りかねないと理解している。
だから怒っているのだ。
「……それでリディアル帝国に逃げ込んだのか。勝手に婚約破棄までして」
「まぁ、そういうことです。おとなしく正当な取り分を譲って、錬金術の本や道具を渡してくれれば――もうこの屋敷には立ち入りません」
「馬鹿が……。小娘がちょっと知恵をつけて、俺と対等になったつもりか。やはり頭の良い女は気に入らん!」
小娘……か。
前世の分まで入れたら、もうあなたよりも年上なんですけれど。
ジョレノが手を叩くと、大広間の扉から衛兵がどかどかと入ってきた。
ちらっと見るだけで30人以上はいる。手に持っているのは硬そうな木の棒だ。
「ひとりでここまで来たのは浅知恵だったな。お前の身を確保すれば、どうにでもなる。大型船がいようと関係ない!」
「……実力行使は本当にやめたほうがいいと思いますよ」
「ふん、殺しはせぬさ。リディアル帝国の方々も、これは家族の問題だ。手出し無用!」
ジョルノが勝利を確信して獰猛に笑う。
リディアル帝国の兵は3人、対して父の兵は10倍以上。
あーあ、やっぱりこうなってしまった。
我が親ながら情けない。
「さぁ、行け! ソフィーを生け捕りにしろ!!」
父の合図を元に、衛兵が殺到してくる。
普通ならここで終わり、でも危険は感じない。
私の仕掛けた罠に、父は見事にハマったのだ。
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