1.私の破滅的未来
「このグズ。さっさとポーションを完成させなさいよね」
「……はい」
「まったく、本当にわかってるの?」
夜、私――ソフィー・セリアスはとある赤毛の女性に叱られていた。
名前をクーデリア。ドレスは派手で化粧は濃いめ、香水もきつい。
「フィリス様が貧乏公爵の娘である、あなたに与えたお仕事なのよ。
死ぬ気でやりなさい!」
「……わかっています」
「ふんっ、私はもう寝るわ。夜更かしはお肌の大敵ですものね。
ま、あなたには肌の大切さなんてもう関係ないでしょうけど?」
クーデリアは嫌味たっぷりに言うと、扉を勢い良く閉じて出ていった。
こんなに言われても私は逆らえない。
(今日も仕事が終わらない…)
私はポーションを調合するフラスコを見つめながらため息を吐いた。
それからどれだけ作業に没頭していただろうか。
窓の外は静まり返る闇の中、壁時計が指し示す時刻は深夜4時。
4時って朝だろうか、夜だろうか。眠すぎて頭がどうにかなりそうだった。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう?
理由は簡単だ。
私の実家のセリアス家の領地は天災が続き、お金がなくなってしまった。
この国では領地経営ができなくなれば貴族失格、爵位剥奪もあり得る。
だから魔力の強い私が嫁に出されることになったのだ。
結納金やらなにやら。公爵家出身で魔力が強ければ当座の金になる。
つまり15歳になった私は親に売られたのだ。
それでもまだ、私を尊重してくれる人が伴侶になってくれたなら。
これも運命だと納得もできたかもしれない。
「……はぁ」
困窮するセリアス家に、なんとフィリス王子が救いの手を差し伸べてくれた。
私はフィリスの婚約者に抜擢されたのだ。
でも運命は残酷だった。
私は王子妃として選ばれた……のではなかった。
彼が目をつけたのは別のところだった。
婚約者として皇太子の元に来てから、丸一年。
私は錬金術師としてフィリスにこき使われている。
ずーっとポーション作りにひたすら従事させられていた。
フィリスが欲しかったのは、魔力だけ。
私を正式な皇太子妃にするつもりは毛頭なく、籠の中の鶏として扱った。
ポーションはまさに金の卵だ。
高純度のポーションは傷や病だけでなく、魔獣の毒も消す。
そして高純度のポーションは極めて希少。多分国内で作れるのは私だけ……。
実家のセリアス家では設備も素材もないので、どうしようもなかった私の才能がこんな最悪の形で必要とされるとは。
私はずっとずっとずっと婚約者ではなく、下僕だった。
そして監督役がフィリスの愛人、あのクーデリアなのだ。
何もかもが最悪な人生だった。
(ごほっ、でもいつまでこんな生活を続ければいいの……)
眠い。フィリスはとにかくポーションを作るよう私に求めた。
この私が住む館から外に出さないように。連絡もさせないようにして。
私が生きるか死ぬか、ぎりぎりの範囲で働かせるつもりだ。
ポーションの原液を入れたフラスコが沸き立つ。
ここまで出来れば、あとは寝かせて冷めるのを待つだけだ。
「……もうダメ」
私は意識を手放し、床に崩れ落ちる。
「――眠い。死ぬほど寝たい」
こうやって床に寝るのも今週、何度目だろうか。
もう耐えられない。婚約なんてやめて、自由になりたい。
でも、どうしたらいいのか。
――その瞬間、私は前世を思い出した。
私の前世は日本人のほどほどにオタクなOLで。
前世もこんな風に働いて働いて、結局は過労死してしまった。
社会は頑張る人に優しくない。
頑張って先に待っているのは、貧乏くじだけ。
そして、この世界は……私が愛読していた某有名悪役令嬢物の異世界だ。
今のこれからの未来を知っている。
(私は死ぬ)
ソフィー・セリアスは助からない。
なぜなら本編開始時点ではソフィーはもう死んでいるのだから。
これから少しして、私は過労で身体を壊して働けなくなる。
この世界に労働基準法なんてないし、フィリス王子はそんな私を見捨てる。
一人寂しく、私はこの世界で死ぬ。
本編はソフィーが死んで一年後に始まる。
主人公の伯爵令嬢が一年後に廃墟と化したこの館から、私の書いた手記を見つけて……それがきっかけでポーション作りを志すのだ。
ソフィーという名前はその手記の中、回想にしか出てこない。
完全な故人としてしか、私の名前は残らない。
……絶対に嫌だ。
そんな未来、受け入れたくない。
でもどうすればいいのだろうか。
この工房は1階だけれど、扉の外にも庭にも常に見張りがいる。
しかも窓は強化ガラスで簡単には割れない。
外部との連絡も当然不可能だ。
普通の方法では絶対に脱出できない。
どうしよう。もう体力的にも限界が近い。
鐘の音が鳴り響く。朝が来ていた。
壁に張られているカレンダーを見る。
『王国歴214年11月24日』
あっ、今日は……。
隣国の皇帝、人嫌いで有名なアズール・リディアルが訪問してくる日だ。
回想シーンで何度も出てくるので覚えている。
苛烈な皇太子争いを勝ち抜いて大国リディアルの皇帝になったアズールは、本編で主人公の良き理解者兼後ろ盾になってくれた。
諸国の令嬢を騒がせるほどの美形。
世界有数の魔術師でもあり、リディアルを率いるカリスマ性。
正直、私も大好きなキャラだった。
(変人で変わり者で裏表のある人だけれど……)
でもアズールはフィリス王子のような【悪人】ではない。
リディアル帝国は実力主義だ。
有能さを見せつければ、アズールの気は確実に引ける。
国内ではどこに逃げ場はない。
迷っている時間も……ない。
(……方法はひとつだけ)
私は薬品棚を見つめた。
そこには様々な種類の薬品が置いてある。
もちろん危険物、可燃物も保管されていた。
一か八かの賭けに出るか、黙って死ぬか。
答えは出ている。
このまま死ぬ運命を待つくらいなら、やるだけやってやる。
絶対に婚約破棄をして、自由になってやるんだから!
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