7話 王国史と英雄詩
(ふーん、うまくやってるじゃないか。それしても想定外だったな、まさか彼の職業が旅人じゃないとは。これも、魔王侵攻による影響か…
少なくとも、この世界はもうボクが知ってる世界とは大きく異なり始めてる。アサヒ、君はうまくやっているみたいだけど、他の子達はどうかなー。早くしないと手遅れになっちゃうよ)
「んっ…」
「あっ!目を覚ましました!」
「ここは、そうだ!モンスターはどうなった!」
「大丈夫です。お兄さんと私で協力して倒しました。山賊たちは皆、あのモンスターにやられてしまったようです。どうやら、商品であった魔獣が逃げ出したようです」
「そ、そうか、とりあえず良かった。この包帯は君がやってくれたのか?」
「いえ、これは…」
「アサヒ殿、この度はお救いいただきありがとうございました。私はナガオ村の長、シゲルという者です。我らナガオ村の一同もうダメだと諦めていましたが、あなた様方の勇気ある行動のおかげで一命を取り留めることができました。そちらの処置は我が孫娘、サクラが行いました」
(ナガオ村、シゲル、サクラ?やけに日本らしい名前だな)
「こちらこそ、処置をしてくださりありがとうございました。適切な処置がなければもしかしたら今ここにいなかったかもしれませんから」
「お役に立ててよかったです。サクラ、サクラ!」
「ハイ、お爺様」
シゲルさんに呼ばれた女性が近づいてくる。
同年代くらいだろうか。
「私はサクラといいます。あなた様のけがの処置を行いました。山賊の拠点に合ったポーションを使いましたので、おそらく後遺症なく治せると思います。ただ、魔力を限界に使った影響で髪の毛の一部が白色になってしまいましたが。何か体調に関して気になることはありますか?」
「いえ、もう完全に動けます。ありがとうございます」
その後、今後の経過観察の話などをすませ、サクラさんは戻っていった。
近くの川で確認してみたが、本当に髪の毛の一部が白色になっていた。
(まぁ、イメチェンだと思えば悪くないか)
そろそろ日が落ちる時間だ。
とりあえず、ナガオ村の方々と暖をとることにしよう。
幸いにも山賊たちが使用していた拠点をそのまま使うことができそうだ。
「むにゃむにゃ…お兄さん」
夜も更け皆が寝静まり、静寂の時間が訪れる。
俺は隣で寝ている、キツネ耳の女の子に悟られないよう静かに外に出る。
(名前がないってのも不便なものだな…)
今夜は空気が澄み夜空がきれいに映し出されている。
「今夜の空は一段と美しいですな」
「ええ、そうですね」
洞窟の入り口に岩肌に腰を掛け夜空を眺めていると、後ろから村長のシゲルさんに声を掛けられた。
「シゲルさん、もし失礼でなければどうして村ごと奴隷になってしまったのか教えていただけませんか。それに若い男がいない理由についても、」
「そうですね、命の恩人であるあなた様には伝えておく必要がありそうですね。それにあなた様は、獣人差別をするお方ではないようですしね」
「そういえば、あなた方は獣人に対して差別意識を持っていませんでしたね…」
「獣人差別なんてとんでもない、彼女は我々と同じ言葉を話す仲間ですよ。ただ、この考えは世間一般的にはよくないらしいんですがね…アサヒ殿は、辺境から来たとお聞きしました。まずは、王国史についてから話すとしましょうか」
そういうと彼は俺の隣に腰を落とし続きを話し始めた
「王国史、それは200年前の魔王討伐の歴史が記されたものです。王都では絵物語にされ、子供たちに親しまれ、吟遊詩人が歌に乗せ街や村々に伝える、とても有名なお話です。200年前世界の半分を手に入れた最悪の魔王。彼は魔族を従えて人間族、獣人族、エルフ族に向かって侵攻した。それに対抗するため、人間族は当時の王子が勇者となり対抗を試みた。獣人族、エルフ族にも協力を要請したが、獣人族は魔族側につき、エルフ族は不干渉を貫いた。人間族は勇者とその仲間の英傑と呼ばれる彼らを魔王討伐に送り出し、勇者一行は魔王を討伐し世界に平和をもたらしたと。これが王国史で語られる魔王討伐の歴史です。」
「なるほど、それで獣人差別が広がっていると…」
「はい、しかしそれはあくまで王国史が語る真実…我々の村では別の歴史が語り継がれています」
「別の歴史?」
「我々が真実だと信じるのは王国史ではなく、英雄詩と呼ばれるものです。これはナガオ村の創設者、ナガオ ケイト様が綴ったお話です」
「もしかしてそのお方は…」
「200年前に召喚をされた勇者様であります。彼こそが真の勇者様、王子などではなく異国の地から償還をされ魔王討伐を託されたお方です。彼は魔王討伐後もこの世界に残り豊かな自然を求め村を作り余生を過ごしたと伝えられています。彼はこのように語っています…
魔王を討伐を果たして50年がたった。
今でもあの時のことが鮮明に浮かぶ。
しかし、最近になって王都に不穏な空気が漂っている。
どうやら王国史というものが一大ブームを起こしているらしい。
勇者が魔王を討伐した歴史を絵物語や詩にしたものらしい。
先日も吟遊詩人が私の村を訪れ、王国史を詩ってくれた。
私も昔の思い出に浸ろうと聞きに向かったら、そこで詩れていたのは真実とはまるきり異なるものだった。
獣人族が裏切った?
エルフ族が不干渉を貫いた?
そんなのはまるで違う。
なぜなら彼らは、彼女は私と共に魔王討伐をした仲間なのだから!
巷で言われている英傑などという者は知らない。
魔王討伐時から生きているものも少なくなってきたがいないわけではない。
こんな偽物語すぐに気づかれるはずなのにおかしなことだ。
そう思い、数十年ぶりに王都に向かった。
国王に面会を頼んだが、お前など知らんと突き放されてしまった。
名前さえ覚えてもらえていないとは悲しいことだ…
時代の流れとは残酷だ、いや、これは時代の流れなどではない。
むしろ集団洗脳に近い形だ。
何者かが王都を、人間族を、魔族以外のすべての種族を陥れようとしている。
もう私も老体だ。
今更世界を救うことなどかなわないだろう。
せめて私が知る真実をここに記し、後世に伝えることが今の私にできる最大限のことだろう。
再び現れるであろう勇者の力になれることを願おう
…と、英雄詩では語られています。わが村ではこのことが代々伝えられています。いつか現れる勇者に仙台の願いを託すために…
しかし、ここ10年くらいでしょうか、ちょうど魔王が侵攻を開始したからですね。王都で獣人の奴隷運動が始まり、また英雄詩を語るものを迫害し動きが強まり始めました。私たちも故郷の村を追い出され、逃避行を続けてきましたが先日山賊に襲われ男衆のほとんどはそこで殺されてしまいました。そして、捕らえられていたところを、あなた方様に救っていただいたわけです」
「なるほどあなた方が獣人差別を行わない理由が分かりました」
「失礼ですが一つお伺いしても?」
「ええ、私が答えられることなら」
「あなた様はもしかして、二ホンという国からいらっしゃたのではないでしょうか?」
「どうしてそのことを!?」
「そのきれいな黒髪を見ればわかります。召喚された勇者様もきれいな黒髪で、二ホンという国から来られたと伝えられていますので。そしてあなた様は、ナガオ様が待ち望んでいた勇者様ではありませんか?」
「いえ、残念ながらそのようなたいそうなものではありません。日本から来たのは事実ですが…」
「そうですか…それでもあなた様は、私たちを救ってくださったお方です。私たちにとっては勇者様でなにも間違いはありませんから」
「そうですか、たいそうな期待を背負ってしまったみたいですね…」
「そこで勇者様にお願いがあります!」
「勇者様はやめてください、アサヒで結構ですよ」
「それではアサヒ様、改めてお願いがあります。我らナガオ村一同、帰る身がない者どもです。どうかこれから私たちをまとめ率いてくれませんか!」
「…乗り掛かった舟です。引き受けましょう」
「ありがとうございます!」
「ただ、私にはこの世界を救い、日本に帰るという使命があります。それにこの世界には私の親友たちもやってきています。彼らとも合流したいと考えています。私についてくるのは危険な道かもしれません…」
「なるほど、世界を救うとはたいそうな願いをお持ちですね。大変な道であるな。しかし、我らは世界を救った勇者ナガオ様の末柄、世界を救うお方の手助けをできるなど願ってもないことです。それに、間違った歴史をただすのは我ら一族の願いでもありますゆえ、あなた様のお手伝い全力でさせてもらいます!」
「こちらこそ、一人でこの任を背負うのは重すぎました。私たちで間違った歴史を正し、この世界を救いましょう!」
「はい!」
澄んだ空気の寒空の下、輝く星々に見守られ、のちのこの世界の運命に大きく関わる約束が執り行われた。
熱き願いが交差したこの瞬間、この世界は新たな未来に動き出した。