第一話 如月 朝日
「おいそっちに逃げたぞ!」
「ちょこまかと逃げやがって!くそっ、股下抜けられた!」
「壁の奥に逃げ込んだわ!あとは任せたわよ、アサヒ!」
「おう!」
返事をするや否や、少年は迷わず壁に向かって走り出す。
そして、壁に向かってスライディング。
そのまま少年は壁に飲まれてしまった。
その数秒後、
「とったぞー!」
明るい声と共に少年は壁から顔を出し、その手には太ももが異様に発達したウサギが捉えられていた。
彼の名前は、如月朝日、プレイヤーネーム『アサヒ』でゲームをしている。
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「さすがバグマスターは動きが俺たちとは違うな!」
「その呼び方はやめろって言ってるだろ!」
「いいじゃないの、バグマスター」
「そうだぜ、リーダー」
彼らの名前は、『ハルト』『ユイ』『アオイ』。
俺と一緒にでパーティーを形成している。
多くのプレイヤーが最新の人気ゲームにのめり込む中、彼らは俺と共に旧作といわれるゲームをプレイしてくれる数少ない友人だ。
彼らとは約1年ほど前に出会いそれ以来多くのゲームでともに時間を過ごしている。
現代のゲームは完成度が高い。
その上、体感時間が10倍になるなんてものも発売されている。
だが旧作は、未完成なマップ、急にフリーズする挙動、簡単に使えるバグなどで溢れている。
いまどきこんなゲームをプレイしているのはよほどのもの好きか、変態かのどちらかだ。
彼らのことは物好きな方だと信じたい……
「おい、何ボーっとしてるんだ。早く戻ろうぜ」
「悪い、悪い、今行く!」
ハルトにせかされ急いで向かう。
「ねぇーこのゲームも大体クリアしちゃったし、そろそろほかのゲームでも探さない?」
「おっ、それならちょうど面白いゲームを見つけたんだよ」
「なになに、自称ゲームソムリエのアオイがやりたいなんていったいどんなゲームなのかしら」
「たまたま見つけたゲームなんだけどさ、なんとあの体感時間10倍の技術がつかわれてるんだよ」
「最新のゲームか何かか?」
「いや、それが10年前のゲームなんだよ。当時はこんな技術なかったはずなんだけどなー」
「えー、そのゲーム怪しくない?」
「まぁー少し手を出すくらいなら大丈夫じゃね?」
「それもそうだな、とりあえず明日からでいいか?20時に集合でいいな。詳しいゲーム内容は後で送ってくれ」
「おう、それじゃあまた明日な、おつかれー」
「おつかれー」
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パーティーのみんなと別れた後、俺もすぐにログアウトした。
頭につけていた機会を外しベットに横たわる。
スマホに目をやるとちょうどアオイから連絡がきたところだった。
(なになに、『Spielereien der gelangweilten Götter』スパイラ…なんて読むんだこれ?アオイのやつこんなゲームどこで見つけてきたんだよ。制作会社も聞いたことないところだなー。百聞は一見に如かず、とりあえずなにも調べずにやってみるか)
新しいゲームに胸を躍らせ、あれやこれやと考えるうちに睡魔に負けて眠りについてしまった。
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「お前ら遅いぞー」
「あんたが速いんでしょ~」
「いつものゲームとそんなに変わらないな」
「ダンジョンに挑むタイプの王道ゲームなんだろ。キャラの職業はやたら多かったけどな!」
「そうだな、村人や剣士みたいな職業から、王様、魔王なんていう普通なれないようなし職業もあったからな」
「あと、キャラクリも結構自由がきいたのよね~、あたしなんか獣人の格好にしちゃったもん」
「俺も職業は旅人にしたし、みんなも普段とは違う職業選んでるんだろ」
俺以外は、ユイは獣人の剣士、ハルトは貴族の魔法使い、アオイはエルフの弓使いを選んでいた。
「ハルトが貴族とか似合わなすぎでしょ。しかも魔法使いとか……いつもの脳筋剣士様のお姿はさっぱりみえないようですが?」
「そういうユイだって殺戮の天使と呼ばれた魔法使い様が剣士とは、この元剣士様が剣を教えてあげてましょうか?」
「二人ともそこらへんにしておけ」
「アオイは割と無難な選択肢を選んだんだな」
「俺は初めてのゲームでは手堅くいくタイプなんでね」
「まぁー、何はともあれ今日から俺たちの旅が始まるな!俺たちに攻略できないゲームはないぜ」
そうして俺らの攻略が始まった。
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ゲームを始めてから1ヶ月以上過ぎ、ゲーム内時間では約1年が過ぎた。
そして今日、俺たちはいよいよ最後のダンジョンに挑もうとしていた。
「あっという間の時間だったな」
「そうはいっても1年だぜ。現実では1ヶ月だけどな…ほんとこの技術は素晴らしいねー」
「10年前に発売されたゲームってのがいまだに信じられないわ」
「みんな、準備はできてるかい?」
「私はオッケー。こっちの二人も大丈夫そう。そういうあんたは…大丈夫に決まってるよね」
「なんだよ、その目は人に向けていいものじゃないだろ」
「実際、ゲームを始めて2日目にはバグを見つけて壁をすり抜けて、気づいたら俺たちの攻撃の威力をいじっているし、そんな目も向けたくなるさ…」
「もうお前だけの職業を作ったらどうだ?この世界の理を曲げる者だから『ブレイカー』なんてどうだ」
「いいな」
「いいじゃない」
「決まりだな!今日から『ブレイカー』名乗るように!」
「どうでもいいが、そろそろ最後のダンジョンの攻略に行くからしっかり気合い入れろよ!」
「おう!」
そうして俺たちはダンジョンへと進んでいった。
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「目の前から敵3体!ユイ頼んだ」
「オッケー、任せて頂戴」
「後方は、ハルト、アオイに任せた」
「了解!喰らえ『アイスロック』凍らせた奴から弓で射抜いてくれ」
「任せろ!『シャイニングアロー』これで後方は殲滅したか」
「前の敵も片付け終わったわ」
「みんなさすがだな」
「アンタの指揮があってこその結果よ」
「いや、みんなが慣れない職業でも1年間努力し続けたからだよ」
「やはり俺様の努力のおかげだったか!」
「お前はもう少し謙遜というのを覚えた方がいいぞ」
アオイのツッコミに俺たちからは笑いが溢れた。
だがすぐに目の前の問題を思い出して、真剣な表情に戻った。
「笑ってばっかじゃいられないな」
「そうだな目の前のこの扉の問題を解決しないとな…」
俺たちの目の前には大きな扉がある。
「ボス部屋につながる扉かと思ったが、押しても引いても動かないし、こりゃどうなってんだ?」
「ここから先はゲームで作られていないとか?ほらこれって10年前の第一次ゲームブームの時の作品だろ、あの時のゲームは未完成でもいいからとにかく世に出せって感じだったらしいし…」
「アサヒの力ならこの扉を通り抜けることができるんじゃないの?」
「確かに!」
そういって俺は、扉に手を突っ込んだ。
確かに扉の向こうに空間はある。
「空間があるぞ!」
「やった~当たり!」
「みんな俺につかまってくれ、一緒にこの扉を通り抜けるぞ!」
「おー!」
そうして彼らは扉に向かって飛び込んでいった。
飛び込んでしまったのだ。
これから彼らに何が起きるのかも知らずに…