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「ははは、ルードの耳にも社交界の華と噂の令嬢の名前は耳にしていたようだね」
「ふふ、どうぞ、舞踏会を楽しんでね」
まだ挨拶をの順番を待っている人もいるため、公爵夫妻の言葉に、係の者に誘導されてその場を離れた。
「あの、ルード様……天井画を見せに連れて行ってくれてありがとうございました」
アイリーンのどんな噂を耳にしているのか分からない。ボロが出る前に立ち去ろうと頭を下げる。
「ま、待って!」
背を向けたら引き留められた。
「手を掴まれては、聞こえないふりをして立ち去ることはできない。
「弟が……」
「弟?えっと……」
誰?誰の事?
知っていて当たり前のことなの?アイリーンの知り合い?ルードの名前も出してた人がいる?
どうしよう。何も分からない。
「ご、ごめんなさい、その……ルード様の弟というのは?」
名前を聞いたら、〇〇様のお兄様でしたの?とでもすっとぼけよう。あとでお父様に聞けば誰のことか分かるだろう。
「いや、分からないなら、いい。うん、いいんだ」
え?名前を聞かないとますます誰か分からないままだよ。
「天井画もいいけれど、首も疲れるし、少し外に出ないか?」
ルード様が開け放たれた窓の外に視線を向ける。
ダンスホールとは違って、公爵家の庭には人はまばらだ。
幸いにして?ルード様のおかげで公爵様へのあいさつは済んだ。あとは、人気のないところでひっそりと時間がたつのを待てばいい。
アイリーンの知り合いとなるべく接触しないように。
そのためには庭に出る方が得策だろう。
と、どうするべきか考えているとルード様があわてた。
「あ、いや、違うからな?そう言う意味じゃない。ほら、夜会と違って、明るいから」
そういう意味って、どういう意味?
分からなくて首をかしげる。
夜会と違って明るい?
その言葉にハッとする。
夜会では、庭に誘うのは、人気のない暗闇で男女が愛を語るとか……聞いたことが。
想像して顔が真っ赤になる。
「ただ、その、花が綺麗に咲いているだろうから……」
ルード様が焦って言葉を続けた。
「はい、あの、すいません。私、その……慣れていなくて……」
恥ずかしくなってうつむくと、ルード様が私の目に入る位置に、手を差し出した。
「ごめん。俺も慣れてなくて。初めから花を見にいこうと誘えばよかったんだ」
慣れていないという言葉に、顔を上げると、ルード様がほんのりとほほを染めていた。
……あの方は誰という女性の言葉を思い出す。
社交界にあまり顔を出さないのね……。彼となら、アイリーンじゃないとばれることはないかもしれない。
それに……。
もう少し、ルード様と一緒にいたい……。
差し出された手に、手を重ねる。
ルード様がにこりと笑って私をエスコートして庭へと出た。
「アイリーンはどんな花が好き?」
「あの、私は……」
花の名前を知らない。
アイリーンに花が届けられることがあるけれど……花について誰かと会話をすることもなかったから。
「あまり名前を知らなくて……その……」
名前は知っている。本に出てくるから。でも、どんな花なのかは分からない。薔薇は分かるけれど、ビオラもアネモネもどんな花なのか分からない。