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お父様がイライラしながら自分の親指の爪を噛んでいる。
「あーどうしたらいいんだ。どうしたら。いろいろな貴族に恨まれて、うちはおしまいだぞ」
「影響を受けるのは、一部の貴族だけでしょう?」
ろくでもない男たちは確かにいたみたいだけど、全員が全員と言うわけではない。あの場に集まった人たちも、慌てた様子の人たちは、半数以下だったと思う。
それに、人助けをしてくれる優しい人もいる。
「何を言っている、ほとんどの貴族が子爵家のせいだと……そう言うに違いないっ!」
お父様の目に見えているのはまた別のことなのか。思い込みなのか、それともお父様と親交のあった貴族たちは調査されては困るようなことをしていたのか。
……お父様自身もそうなのかもしれない。
「くそっ、くそっ。食事抜きだ。いや、鞭で打ってやろうか、いいや、いいや、それくらいじゃ腹の虫が収まらん」
なんて愚かなんだろう。再三貴族を傷つけることは重罪だと言われていたのに。
お父様がいいことを考えたと言わんばかりに目を輝かせる。
「そうだ、娼館に売りつけてやる!娼婦のようだと言われていたお前にはお似合いだ!国内では足が付く。隣国に売ってやる。ほら、来いっ」
娼館に売られる?
そんなっ。
「逃げようたってそうはいかないからな。あれだけ派手なことをしたんだ。どこに逃げたってすぐに見つかる」
お父様が私の手を引っ張って部屋を出た。
「は、離して……」
「親に逆らう気か?」
強い口調でお父様に怒鳴られると、足がすくんでしまう。
どうして。
ここまでうまく準備をしてきたのに。あとはジョアンナ様に準備していただいた馬車に乗り込めば、子爵家から逃げ出せるはずだったのに!
ぐいぐいと腕を引かれ、力の入らないまま、どんどんと人気のない場所へと引っ張られていく。
助けて……。
薄暗い廊下。
「助けてっ」
なんとか声を絞り出して声を上げる。
「うるさいっ!黙ってついてこいっ!」
ぐんっと強く腕を引かれたため、肩に痛みが走った。
お茶会の会場の喧騒が嘘のように静まり帰った廊下。使用人たちも、今はお茶会の仕事をしているため他の場所にはほとんどいないのだろう。
もしかしたらこのままお父様は私を本当に売ってしまうのかもしれない。
「待て!その手を放せ!」
後方からりりしい声が響いた。
助かった……。
声を無視してお父様が私の手を引いてぐんぐんと進んでいくので、声の主がお父様の肩を掴み、もう片方の手で私の手をお父様の手から引きはがしてくれた。
「何をする!」
お父様がつかまれた手を振りほどいて振り返った。
ルード様!
「何をするじゃない。こんな人気のない方へご令嬢の手を引いてどこへ行くつもりだ」
ルード様の怒気を含んだ声に、父親が馬鹿にしたような顔を見せた。
ルード様が助けに来てくれた!
「私が、まさか不埒な行いをするとでも?勘違いしないでもらいたい!この女は私の娘だ。自分の子供の手を引くことが問題にされるとは思わん」
ルード様がふっと笑った。