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背中の傷は針のせいで、犯人は彼女たちではないと分かっているのに、ジョアンナ様はいったい何を言い出すのだろう……。
「先ほどハルーシュ様がおっしゃっていたように、下位貴族だとか上位貴族だとか関係なく、貴族を傷つけることは重罪です。犯人を捜す必要があるでしょう。その際一人ずつ聞き取り調査をする必要が出てきますが……やってないと主張している方が、他の人の証言でやっていたということが発覚すれば偽証罪に問われますけれど」
ジョアンナ様がぐるりと会場にいる人たちを見回した。
「わ、私は本当にやっていないっ。お茶をかけたことはあるけれど……そ、それだけ、本当にそれだけよ!」
「私だって同じように悪口を言わなければ、今度は私が標的になってしまうから仕方なく」
「か、彼女たちがアイリーンの肩を押したりして傷つけようとしているのを見たわ!」
「そうだ、あいつは腕をつかんで引っ張りまわしてたぞ」
「それを言うなら、お前だって婚約者を突き飛ばしてたじゃないか!」
激しく罵り合う人たちが後を絶たない。
壁際で事の成り行きを傍観している人たちは、加担したことも被害に遭ったこともなかった人たちなのか。それとも、今ここで何が起きているのか理解できていないのか。
「ええい、黙れ!見苦しいぞ!」
ひときわ大きな声が聞こえた。
皆が声の方へと目を向けると、一斉に頭を下げる。
「陛下っ」
という驚きの声も聞こえた。
陛下?嘘っ!予定外だわ。
アイリーンの無念を晴らそうとしただけなのに。
どうせ私は、貴族じゃなくなるし、アイリーンも家を出る気だろう。もう戻ってくるつもりのない場所だ。
最後に騒ぎを起こして社交界を追放されたとしても痛くもかゆくもないと思ったのに。
子爵家が「おまえの娘のやらかしでひどい目に遭った」と形見の狭い思いをしたって、どうだっていい。お父様やお義母様のお得意のうちの子じゃないと言い訳でもすればいいんだ。
……と、そう思っていただけなのに。
ハルーシュ様やジョアンナ様を巻き込んでしまった。
陛下まで出てきたら、騒ぎを起こした罪で処罰されてしまうかも……。
どうしよう。
頭を下げたまま緊張で手の平に汗が噴き出る。
「皆の者頭を上げよ」
陛下の声に、顔を上げると緊張した面持ちで立つ人々の姿が目に入った。
「情けない。これほどまでに貴族たちの規律が乱れていたとはな……」
陛下が大きなため息をついた。
それから、宰相に声をかける。
「早急に聞き取り調査を行え。爵位を盾に、無理な要求をしたものがいないか。女性を襲う等もってのほかだが、それ以外にも金銭の要求、不利な条件での契約、理不尽な命令はなかったか。一度や二度ならいざ知らず、度重なる権力の乱用が確認されたものは降爵、あまりにも目に余るようなら爵位の剥奪も検討せねばならぬだろう。当然屋敷の使用人にも聞き取りを行え。それから取引している業者にも。強引な値引き、商品の代金の未払いなど、貴族に逆らうつもりかと脅しつけるようなことをしていては国民の反感を買う。そのような行為は国が乱れ国力を落とす原因にもなる。ともすれば王室転覆を企てていると疑われても仕方のない行為だ」
真っ青になっている者、真っ青を通り越して真っ白な顔をしている者もいる。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返っている。
「かしこまりました陛下。早急に調査を行います」
頭を下げ、宰相があわててどこかへ去って行った。
そこに、王妃様が来た。
「陛下、お相手ください。音楽は続いていましてよ?皆様も、ダンスを楽しんで」
ふわりと微笑み、王妃様は陛下にエスコートをさせてダンスホールへと足を運んだ。
声をかけられたからには、ダンスをしないわけにもいかないとばかりに、ぎくしゃくとしたご夫婦や婚約者同士がダンスホールへと移動していった。




