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「な、何を、知らん、知らん」
奥様がいかりで顔を赤くした。
「あなた、それは本当なの?」
「いや、そうだ、こいつだ、ヴァイオレッタの噂は知っているだろう、あっちが私を誘ったんだ」
そういう言い訳をされると思ったら、その通りのことを言う。思わず笑いがこみあげる。
「何を言っても、伯爵家に逆らうなと言われたので、私はもうそれ以上逆らうこともできず……おとなしくされるがままになったのを同意とみなしたのか、一度ならず何度も夜会で連れ込まれましたけれど……。私から誘ったことなど一度も記憶にありませんわ」
「あなた、どういうことなの?」
奥様がさらに顔を赤らめてジョージ様をにらんだ。
「は、はめられたんだ、私は……あんな女の言うことなど信じてどうする。愛してるのはお前だけだ。かわいい私のスイート」
ジョージが奥様の頬に手を当てた。
「私に、かわいい。妻は地味で醜い、どうして君が僕の妻じゃないんだろうとおっしゃったのは嘘だったのですね。本心では私よりも奥様を愛していらっしゃったんですのね?」
私の言葉に、奥様が私の頬を平手で打った。
ポケットから1枚の手紙を取り出して奥様に手渡す。
「早く君に会いたい。次はいつ会える?と、書いてある手紙ですが、筆跡鑑定されたらいかがでしょう。確かにジョージ様からいただいたものです。あいにく、奥様を地味で醜いと言っていた証拠はございませんので証明はできませんが」
手紙の文字を見て、ジョージ様の奥様はすぐに筆跡が夫の物だと分かったのだろう。
手紙を震える手で握りつぶすと、ジョージ様に投げつけた。
「浮気したのね!それも、理由が、私が醜いから?入り婿の分際で何様のつもり」
騒ぎにいつの間にか周りに人が集まっている。
そこに、アランディス様とヘレーゼ様の姿を見つけた。
「ご婚約おめでとうございます。アランディス様。妹のアイリーンとヘレーゼ様を天秤にかけてヘレーゼ様をお選びになったのね。3人で楽しめたら楽しそうだとおっしゃっておいででしたが、ヘレーゼ様ともう一人、どなたを入れて3人で楽しむおつもりかしら」
アランディス様の顔が青くなり、ヘレーゼ様がそんなアランディス様の腕に回していた手を離した。
「ち、違うんだヘレーゼ」
「何が違うの?この変態っ!近づかないでよ!」
面白そうに集まってきた人の中には血相を変えてこの場から逃げ出そうとする男の姿があった。
見に覚えがありすぎるんだろう。
流石に女性を伴っている者は、あからさまに逃げ出そうと言う怪しい高度をして女性に問い詰められるわけにもいかずに言い訳を考えてそっと離れようとしているようだが。
「ああ、ミューナ様。もしかして隣にいらっしゃるアーサー様とご結婚なさる予定かしら?」
ミューナ様が私に見下した目をむける。
「それが?まさか私のアーサー様にも言いがかりをつけるつもり?あいにくとアーサー様は私に一途なのよ!」
「いいえ、アーサー様はお優しい方ですからよかったですわねと伝えたかったのですわ」
私の言葉にミューナ様が自慢げな顔を見せる。
「私が、バリオス子爵三男に誰とでも寝るんだろ、俺ともいいことしようぜと体を押し付けられ逃げ出そうとしたけれどそのまま壁に押し付けられ体を触られそうになったところをアーサー様には助けていただいたのですわ」
ミューナ様が、ふっと口元に笑いを浮かべる。
「そうでしょう。私のアーサー様は、あなたのような娼婦まがいの令嬢にも優しいのよ!」
「ええ。そのまま怖かっただろう、大丈夫かいと、慰めるふりをして部屋に連れ込まれましたけれど……あれも、きっと優しさなのですわね?」
ミューナが固まる。
「違うんだ、愛しのミューナ。怖かったわ、一人にしないでと言うものだから……」
そんなことアイリーンが言うはずがない。




