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「お母様は、日記に名前の候補をいくつか書いていました。その一つに……アンナと」
庶民によくある名前がどうしてと日記を読んだときには首を傾げたけれど。今なら分かる。
「お母様はジョアンナ様の名前の一部を……名前として付けたかったのではないかと……」
私の言葉に、ジョアンナ様が、再び泣き出した。
「ソフィア……」
お母様の名を呼びながら。そして、ハンカチで涙をぬぐうと私の顔を見た。
「そう、だったら、あなたの新し名前はソフィアンナではどうかしら?」
「ソフィアンナ……」
お母様の名前とジョアンナ様の名前二つをいただくなんて……。
「いいんですか?私、気に入りました」
満足そうにジョアンナ様が頷く。
「では、ソフィアンナにはいろいろな選択肢があるわ。どこかの使用人として働くのであれば、下働きではなく侍女の仕事を紹介できます。書類仕事を手伝っていたということですから、それを生かした仕事に就くこともできます。文官や家庭教師など」
選択肢と言う言葉にびっくりする。
私が何かを選べるの?
「ただ……王都では顔を知っている者も多くて働きにくいでしょう」
ああそうか。侍女にしろ使用人にしろ働く先は貴族のお屋敷。そうなれば顔を合わせたことのある人たちがたくさんいる。
「あなたの顔を知らない地方で働くことは平気?王都を離れたくないなら他の道もありますよ」
「いいえ。むしろ、王都にはいたくありません」
「そう。では他に何か希望はある?」
うんと頷く。
「住む場所が欲しいです」
「それなら住み込みの仕事を紹介するから」
「いいえ、あの、家族と……生まれてくる子供と一緒に生活できる場所が」
私の言葉に、ジョアンナ様が立ち上がった。
「に、妊娠しているの?」
ずいぶん驚かせてしまったようだ。
「いえ……。私の子ではありませんが、数か月後に生まれる子を引き取る予定があって……」
「どういうこと?」
アイリーンのことは言わない方がいいだろう。父親のこととかいろいろ詮索されてしまうと困ることになりそうだ。
「その……親に捨てられ、子供の父親にも頼れない女性が子供を……産むので、助けてあげられたらと……」
こんな言葉でごまかせるのかと思ったら、ジョアンナ様がふふふと笑った。
「まぁ、本当に、親子というものは……。見て育っていないというのに、似るものなのね」
え?
「ソフィアも……孤児院への奉仕活動に力を入れていたわ。人を助けたいという気持ちの強い優しい子だった」
そうなんだ。お母様も……。じゃあ、やっぱり私の選択は間違ってないよね。
「だけど、一人で赤ちゃんを育てるのは大変よ?働いて生活するお金だけあればいいというものではないわ。頼れる者がいなければ……」
ジョアンナ様が言うことはもっともだ。
でも、きっと大丈夫。一人じゃないなら……。
アイリーンがいる。
そう。きっとあの子も家を出て一人で子供を育てようと決めたはずだ。
アイリーンと一緒に、赤ちゃんを育てよう。
私はアイリーンの産んだ子の親に……父親役になるんだ。お金を稼ぐ。そして家で赤ちゃんの面倒をみるアイリーンを支える。二人ならきっとできる。アイリーンとの関係も……きっと修復できる。だって、同じ血を引く兄弟に報われない恋をした姉妹だよ?顏だけじゃなくて趣味まで似てるなんて。ふふ。
アイリーンの産む子はルード様にとっても姪か甥にあたるのだ……。もしかしたら成長するにしたがってルード様の面影が強くなっていくのかもしれない。




