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「は?どういうこと?ソフィアが浮気をしたと言うの?そんなありもしない話を……一体誰が言い出したの?」
「あ、あの、生まれてきた私の髪色を見て……。お父様もお母様も金色なのに、茶色の髪の子が生まれるわけがないと」
バキリと音がした。ジョアンナ様が、手に持っていた扇を真っ二つに折った音だ。
怒りに肩を震わせている。
「浮気をしていたのは自分の方のくせに。数か月違いの子供を産ませていたくせに……浮気などするはずもないソフィアを浮気者だと責めたの?出産してすぐの体が弱っているときに?信じられない……。許せないわ……。許せない……子爵も、そして私自身のことも……」
ジョアンナ様が下を向いて涙を落した。
「結婚したあとも連絡を取ればよかった。そうすれば相談にのってあげられたのに……。同じ伯爵令嬢だったけれど、私は侯爵家に嫁ぎ、ソフィアは子爵家に嫁いだから……。ソフィアは、主人に格下の子爵家に嫁いだお前が馬鹿にされるからと実家の伯爵家や友達との連絡を絶てと言われたと……最後に送られてきた手紙に書いてあったの」
そうだったのか……。でもきっと、お母様が馬鹿にされるのを心配したのではなく、お父様のことだから自分が馬鹿にされたくなかったんだろう。
「馬鹿になんてするつもりなんてなかったのだけれど、ソフィアが負い目を感じて傷つくこともあるかもしれないと、距離を取ってしまったの……実家とも友人とも距離を取ったソフィアは……夫に責められ、一人寂しく死んでいったのかと思うと……」
お母様のために泣いてくれる人がいる。
「一人じゃないです。私を幼い時に育ててくれたマーサがいました。それに……私も……」
ジョアンナ様がハッとして顔を上げる。
「そうね、そうだわ。ソフィアは一人じゃなかったわね。生まれてきてありがとう。ソフィアを一人にしないでくれて」
今度は私が涙を落とす番だ。
生まれてきて……ありがとうなんて。
「私……私が生まれたせいで、お母様は……」
私を産まなければお母様は死ななかったんじゃないかって。
私が金髪でさえいればお母様は死ななかったんじゃないかって。
私がいなければ……と。
「違うわ。ソフィアはそんな子じゃない。あなたの母ソフィアは、自分の命よりも愛する子供の命を取る女性よ?それに、必死に浮気はしていないと主張したのも、もちろん自分が浮気をしたことを否定する気持ちもあったでしょうが、あなたが父親に認めてもらえないということを心配してのことのはず」
そうだ。確かに日記にもあった。はずなのに……。私は……。
「ソフィアはヴァイオレットの幸せを何より望んでいるはずよ」
そうだ。私は、お母様のためにも幸せにならないと。
「お願いします。ジョアンナ様。私はあの家を出ます。華族となる人たちと、貧しいながらも慎ましく愛のある家庭を築いて生きていきたいのです」
ジョアンナ様は、私の再度の訴えに、うんと頷いた。
「分かったわ」
優しく頭を撫でられる。
お母様に撫でられているような錯覚を受けた。
「ではいろいろと確認させてちょうだい。子爵家から籍を抜いてしまってもいいのね?」
「はい」
「では名前は?改名もすることができるわよ?」
名前……。
「ヴァイオレッタは……お母様がつけてくださった名前……」
でも、社交界でヴァイオレッタの名前は悪評が立ちすぎている。
そして、この先もっと悪く言われることになる。
「そうね……ソフィアがあなたに残した大切なものね」
ジョアンナ様の言葉に首を振る。
「いいえ、お母様が残してくださったのは名前だけではありません。だから……新しい名前を……」
お母様の本には、生まれてくる私への愛をたくさんつづってあった。
そう、女の子が生まれたら、どんな名前を付けようかと。いくつかの候補が書いてあった。その一つに。