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1週間後、ジョアンナ様にハンカチを届ける名目で侯爵家を訪れ……お願いしたことの詳細を話し合う。
それから忙しく過ごした。
ハンカチに刺繍をするという大切な仕事があったため、お父様も家令も私に書類仕事を手伝わせることはなかった。
もちろん、お茶会への出席もしなくて済んだ。ハンカチの話はカモフラージュとはいえ、いつお父様に見せて見ろと言われるか分からないため、刺繍をしないわけにもいかなかい。何枚かのハンカチを完成させる。
そして、計画実行のため着々と準備を進めていく。
お父様が家を出て、家令が執務室にこもっている間に、屋根裏部屋とアイリーンの部屋、それからヴァイオレットの部屋とされている場所を往復する。必要な物をなるべくコンパクトにまとめていく。
私が必要とするのは……お母様の本と、マーサが作ってくれたもう小さくて着れなくなってしまったエプロンドレスだ。
あとはいらない。もともと自分の物は少ししかなかったけれど……どれもいらないもの。
アイリーンの部屋でいる物……。
ドレッサーの引き出しに入っていた箱。ハルーシュ様との思い出の品。宝石類は、帳簿と照らし合わせれば変化があればすぐに分かってしまうので手を付けない。
大切な荷物は、侯爵家に向かうときに持ち出した。
処分されてしまってはたまらないと思ったので図々しいと思いながらもジョアンナ様にあずかってもらえないかお願いするつもりだ。
「では行ってまいります」
お父様は珍しく上機嫌で私を送り出してくれた。
また、娘が侯爵夫人ジョアンナ様に呼ばれてねとでも今日のお茶会で自慢するつもりなのだろう。
馬車に揺られている間、お茶会での計画の話をジョアンナ様に打ち明けるかどうか決めかねていた。
きっと、言えば止められるだろう。
だけど、もう、私には何の未練もない。
名ばかりの子爵令嬢という立場も。
お父様に愛されたいと言う思いも。
お母様の名誉を守ろうと言う気持ちも。
お母様は私が幸せになってくれることを望むはずだと気が付いたから。
少しは私の行動が子爵家に悪影響するかもしれないけれど……。
お父様のことだ。ヴァイオレッタがやらかせば「私の子じゃない。母親が浮気をしてできた子だ。自分は他人の子を親切に育ててやっただけだ」と言うだろうし。アイリーンがやらかせば「所詮は庶民に産ませた子だ。貴族として出来損ないだったんだ」とでも言って保身するだろう。
簡単にそうして切り捨てられる存在なのだ。
貴族としての務めなんて……。私が果たす必要もなかったのだろう。
高位貴族のルード様とは違って……。
「子爵家を出ると決めたのね?」
ジョアンナ様の質問にはいと頷く。
「出た後の仕事の紹介をしてほしいと手紙には書いてあったわね」
「はい。家でも、ずっと使用人として働かされてきました。掃除も洗濯も洗い物も。書類仕事の手伝いもしていました。料理と馬の世話はできませんが、やれと言われれば覚えます。ですから、どこかのお屋敷で働けるように……子爵令嬢と言う身分は捨てますので、平民でも雇ってもらえるところに……紹介していただければと」
ジョアンナ様の顔は私の話を聞いて、不快そうにゆがむ。
「……申し訳ありません、図々しいお願いを……」
パチンと、ジョアンナ様は手に持っていた扇を音を立てて閉じた。
怒りの音の用でびくりと身を縮める。
「使用人として働かされていた?書類仕事もさせられていた上に?……なんてひどい……。どうして子供にそんな仕打ちができるの?もしかして、継母の差し金かしら?だとしたら……」
「いえ、お父様が私はお母様が浮気をしてできた子で、自分の子じゃないと言って……」
お義母様が私を不遇にさせているわけではないと否定しようと、口をついて出てしまった。
ジョアンナ様の顔色が変わったのを見て、言ってはいけなかったことを言ってしまったと慌てて口を塞ぐ。