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怖くなって慌てて本を閉じる。
「あ……」
似ているけれど、お母様の本とは違った。
いつもの癖で、机の引き出しから取り出したけれど、ここはアイリーンの部屋。
机の中に入っていたのは……。
ドクンと大きく心臓が跳ねた。
今見たのは、アイリーンの日記?
震える手で、もう一度本を開く。
ぐちゃぐちゃに塗りつぶされたところには何が書いてあったのか分からない。だけれど、真っ黒になるくらいペンで乱暴に殴り書きされたページには強い怒りか悲しみか計り知れない強い感情がぶつけられたと分かる。
そしてその次のページの……一面にびっしり書かれた「死にたい」の文字。
何があったの!
見てはいけない……。
いいえ、見なければいけない。
半分だけ血がつながった義妹。いいえ、半分血がつながった世界に一人だけの妹。
『辛い』
『行きたくない』
お茶会であったことが書かれていて、その言葉がよく出てくる。楽しかったなんて言葉はどこにもない。
アランディスのようなアイリーンを利用しようとする男たち。
無理やり子爵家の婿に収まろうとアイリーンに強引に迫る男たち。
嫉妬でひどい言葉を浴びせる女たち。
『違う!お母様はヴァイオレッタの母親を毒殺なんてしていない!』
……誰に言われたのか、そんな噂までされているの?お母様の日記に、アイリーンの母親のことは出てきていない。面識もなければ存在も知らなかったのだと思うし、体調が悪くなって、回復しなかったのは……。浮気を疑われて精神が病んだせい……。
そして……、衝撃的な出来事が起きた。
アイリーンが襲われた……。
無理やり関係を……。それも、既婚者の男に……。
手が震える。
アランディスに強く手を掴まれてどこかへ連れて行かれそうになっただけでもあれほど怖かったのに。
「あ……ああ……アイリーン……」
どれほど辛かったのか……。
ぐしゃぐしゃに殴り書きされたページも、死にたいとびっしり書かれたページもこの時に書いたものじゃないのだろうか……。
本来はとびらにあたるページで、本文のより少し良い紙が使われ、白紙のままのはずのページだ。
もう一枚めくったページから書き始めるはずなのに書かれていた。日記として使っている本文の時系列とは関係ないタイミングで書くことができたはず……。
苦しくて、涙がとめどなく零れ落ちる。
誰にも打ち明けられなかったのだろう。
いいえ、お父様にもお母様にも『もう、お茶会に行きたくない』と訴えたが却下されたと。
我儘を言うな、一喝されたと。どうして……。
それからだ。アイリーンがヴァイオレッタとして夜会に足を運びだしたのは。
『どうせいいようにされるなら、主導権は私が取る』
相手を選び、選んだ相手同士がけん制しあうことで、どうやらアイリーンのような扱いを受けないようになったようだ。
『あの方がしつこいので困っていますと言えば遠ざけてくれる。だけどそれは愛じゃない。ただの独占欲だ。お茶会でアイリーン姿の私を私だと気が付かないのだ。愛してくれていれば気が付くはずなのに』
……。
『少し甘えれば、贈り物をくれる。優しい言葉もかけてくれる。寂しさも埋めてもらえる。でも、私を愛してはくれない』
愛……。