61
「アイリーンお嬢さまっ!どうなさったんですか?」
ミリアが心配そうに私に寄り添ってくれる。
「ドレスを脱ぐのを手伝ってくれる?大丈夫、ちょっと転んでしまったの。この格好じゃみっともないからかえって来たの……」
ミリアはそれだけ言うと、ドレスを脱ぐのを手伝い、何も言わなくても傷の手当てをしてくれた。
「お茶を準備しますね」
「ありがとう」
ミリアの後姿を見送り思い出した。そうだ、街で見かけた女性は、やめた侍女に似ていたんだと。
「何かあれば及びください」
お茶を持って来たミリアはそういって部屋を出て行った。
ミルクが入って少し甘さを感じる暖かいお茶を飲むと、心が落ち着いてきた。
いろいろなことがありすぎて、混乱している。
破かれたドレス……。袖がちぎれげしまった。
もともと袖がちぎれていたものを直したからちぎれやすくなっていたのかと思ったけれど……。
そもそもあんな乱暴に扱われなければ破れるはずがなくて……。
「アイリーンも、誰かにあのようなことをされたから袖が破れていたの?……修復できないほどひどい状態になっていたドレスも……」
ぶるぶると手が震える。
あんな恐怖をアイリーンも味わっていた?
「それに……シミのついたドレスも何着もあった……」
うっかり何かをこぼしたのだろうと思っていたけれど。
はっきりと、令嬢たちがお茶をかけてやると言っていた。
あれは、誰かにお茶をかけられたの?
いったい、どうしてアイリーンがそんな目に……。
……それから……。
ルード様が私のことを好きだと……。
でも、そのルード様は弟の恋を応援すると……。
それはアイリーンじゃないの?それともヴァイオレッタなの?
アイリーンの残した20名の父親リストに目を通す。
黒髪で青い目……。ハルーシュという名前。
ルード様の弟だろうか?
私がアイリーンじゃないことをすぐにで見破った。
そして、ヴァイオレッタだということも。
……あれ?彼は何と言った?
「本物のヴァイオレッタ……と言った」
ということは、夜会に出ているヴァイオレッタはヴァイオレッタじゃないということも知っていた?
アイリーンと同一人物だと知っていた?
どちらにしても、ヴァイオレッタが子供を産んだということにするなら、アイリーンとして私がお茶会に出ていることを知っていたら、お腹が膨らんでなかったとすぐに分かってしまう。
アイリーンのアリバイを作るつもりなのに、逆に……ヴァイオレッタが妊娠していなかったということを広めてしまうことになりかねない。
今ならまだお腹が出る前だったと言えばごまかせるだろう。
「はぁー」
お父様が帰ってきたら相談しないと。
いつものように机の引き出しから本を取り出して開く。
「え?」
目に飛び込んできたのは、乱暴にペンでページいっぱいに書きなぐられた線。ぐるぐるぐちゃぐちゃな線。
「嘘、誰かこんな落書きを!ひどい!」
ページをめくると、今度は一面にびっちりと同じ文字が書き込まれていた。
『死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい――』
何、これ……。