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「お前が、アイリーンを傷つけたのかと聞いている!答えろ!」
アランディス様は締め上げるルード様の手を掴んでなんとか引き離そうとするけれどそれもかなわず、ますます顔色を悪くしている。
「ル、ルード様っ、大したことないですから、大丈夫ですからっ」
このままではアランディス様が死んでしまうんじゃないかと、ルード様を止める。
ルード様の腕に縋りつくと、ルード様がハッとしてアランディス様から手を離した。
どさりと地面に投げ出された形のアランディス様はゲホゲホと咳き込み、ルード様を見上げた。
「俺にこんなことをしてただで済むと思うな。俺は伯爵家の人間だぞ!」
ルード様がアランディス様をにらみつける。
「だから、どうした」
「そんな平民の女を庇って破滅して後で後悔するつもりか。あははっ」
ルード様が地面に座り込んだままのアランディス様の胸倉を再びつかんだ。
「彼女は子爵令嬢だ。平民ではない」
「はっ、でも母親は平民だろう」
「関係ないだろう。現在の陛下も、7代前に妃に子が生まれず平民と伯爵家から生まれた側室の子だが?そうなると、平民の血が1滴でも流れていれば平民というのか?父親が陛下だろうが関係ないと言うのか?お前の家はどうだ?平民の侍女に手を付けて産ませた子に跡を継がせたことは一度たりともなかったと言うのか?系譜図で調べてやろうか?」
アランディス様が流れるように詰め寄るルード様の言葉にいいかいせずに押し黙った。
「くそっ平民じゃないつっても子爵令嬢だろうっ!」
アランディス様が、ルード様の腕を外し、立ち上がった。
「貴族の位を盾に、下位貴族の者に理不尽な要求をする者は多いが、血統以外で貴族に傷をつける行為は厳罰が下るのは知っているか?こればかりは子爵だとか伯爵だとか関係なく同じ罪になる。悪いが、もみ消そうとしても、俺という証人がいる限り、もみ消すことはできないぞ?傷害罪は何年牢にぶつ困れるんだったかな」
アランディス様は、真っ青になっった。
「ルード様、あの、大丈夫ですから……」
この怪我は私が転んでできたものだ。確かにスカートのすそを踏まれなければ転ぶこともなかったけれど、わざとではないと反論されるかもしれない。ルード様を問題に巻き込んで恥をかかせたくなくて、ルード様を止める。
ルード様が私の顔を見たすきに、アランディス様は脱兎のごとく逃げ出した。
「二度とアイリーンに近づくな!次はないと思え!」
ルード様がアランディス様の背に向かって声をかけた。
「助けていただいて……ありがとうござ……」
ひどいことを言ったのに。
言葉を最後まで言い終わらないうちに、ルード様が私を抱きしめた。
痛いくらい強い力で。
私の体は大きなルード様にすっぽりと包まれる。
「心臓が……止まるかと思った……」
「え?あの、ルード様……」
「アイリーン……。俺は、弟はおろかだと思っていた……。子爵家の令嬢を好きになってしまったから……決まりかけていた婚約を白紙に戻してほしいなどと……」
え?
ルード様の弟の不始末って……。
「好きな人と弟さんを別れさそうということ?」
それは誰?
ヴァイオレッタの子をを気にしていた。
私のことも噂で聞いていると言っていた。
「軽蔑するか?愛し合う者たちを無理やり別れさせようとしたんだ……」
苦しそうな声を出すルード様。
「いいえ……貴族としての責務の一つでしょう。家と家とのつながり……そのための結婚も……」
「そうだ。弟の言うことは貴族の務めを放棄する我儘だと……女に金を渡して別れさせればそれで終わりだと……。いくら弟に恨まれようとも、あとで俺に感謝するだろうとまで思っていた……」
ルード様の背中に手を回す。