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「ああ、僕の婚約の話を聞いてショックを受けたんだね?……ごめん。親が決めたんだ。断り切れなくて……。でも、愛してるのはアイリーン、君だけだよ。信じて欲しい」
アランディス様が手を伸ばして私の手に触れた。
ぞくりと、背筋に寒気が走る。
愛してる?嘘だってすぐに分かる。
さっきの会話を聞いていなくたって……本当に愛していれば、私はアイリーンじゃないって分かるよね。いくら似ていたって……。
「は、離してくださいっ」
気持ち悪さに、アランディス様の手を乱暴に振り払ってしまった。
「はぁ?」
アランディス様が振り払われた手を見下ろし、私をにらみつけた。
「いい気になってんじゃねぇぞ?まさかお前、本当に俺と結婚できるとか思ってたわけ?」
怒りのこもった低い声。
「わ、私……」
背を向けて逃げ出す。
「待てっ!お前生意気なんだよっ!お仕置きしてやるっ!」
駆けだした私の腕をアランディス様がつかんだ。
「やめてくださいっ」
なんとか振り払おうと腕を引くと、びりりと袖が破れた。
「あっ」
破れていたのを縫い合わせたばかりなのに……。
流石にドレスを破いてしまったことに驚いたのか、アランディス様の力が緩んだ。
そのすきにもう一度駆けだそうとして、今度はドレスの裾を踏まれた。
「きゃっ」
駆けだそうとした勢いのまま、転んでしまった。
両手を地面につき、膝もぶつけた。
痛い……。
「ははは、いいざまだ。さて、どうしてやろうか。俺の言うことを聞きますと謝れば許してやってもいいぞ?」
アランディス様がかがんで私の腕をつかみ引っ張り上げた。
「ほら、こっちこいっ!」
強引に私を立たせると、そのまま強い力で引っ張っていく。
逃げなきゃ……。
足がすくんで思うように動かない。
「ほら、ぐずぐずすんなよ」
アランディス様が、私の肩に手を回して体を引き寄せて、後ろから押そうと力を込めた。
「何をしている!その手を放せ」
もう、ダメだと思った瞬間、救いの声が響いた。
「どう……し……て……」
「だれだお前っ」
ルード様がものすごい勢いで駆けてきて、アランディス様が私の肩に回した手を掴んだ。
「何をする!」
「うるさい!お前こそアイリーンに何をした!ドレスが土にまみれ、袖も引きちぎれて……血までにじんでいる」
血?
もしかして勢いよく転んだ時に、膝や手を怪我したのかな。痛みを感じるよりも恐怖が買っていて気が付かなかった。
「お前が、アイリーンを傷つけたのか!」
ルード様が、アランディス様の手を放して今度は胸倉をつかんだ。
そして、どれほど強い力で締めあげているのか、アランディス様の足が地面から少し浮いている。
「うぐ、はな……せ」
アランディス様の顔が白くなって苦しそうな声を出す。