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急に予定になかったお茶会に出席するのは、このためだったのか。
侯爵家に気に入られているというのをアピールしたかったのだ。
ジョアンナ様は、徹夜で刺繍をさせたお父様をあまりよくは思っていなかった。見せびらかしている刺繍も、徹夜でさせたことが伝わらなければいいけれど……。
「デザインもさることながら、刺繍の腕も確かですな」
「でしょう、娘はこの繊細な刺繍を一晩で仕上げてしまったんですよ」
お父様の自慢話が続いている。けれど、私にはとても聞いていられない。
私の自慢をしているようで、侯爵家に好かれる娘を持っている自分を自慢したいだけだというのがすぐに分かってしまった」
お父様から距離を取ると、すぐに令嬢に行く手を阻まれる。
そしてあっという間に5人の令嬢に囲まれた。
「また、凝りもせず平民の子がのこのことやってきたの?」
「あんたさ、いい加減にしなさいよ。アランディス様に色目を使ったでしょう!彼はヘレーゼの婚約者なのよ?」
誰?
アランディス様?ヘレーゼ?
分からない。どうしよう。
何か言わないといけないのかもしれないけど、アイリーンとこの人たちがどういう関係でいつもどう接しているのかが分からないから何も言えずにいる。
「そうよ。彼は私と結婚して男爵家の婿養子になるのよ。今日だって、アランディス様が来ると知ってやってきたのでしょう!」
「帰りなさいよ、せっかくのお茶会が一気に庶民臭くなっちゃうわ」
「帰るつもりがないって言うなら、また前みたいにお茶をぶっかけてあげましょうか?」
お茶をぶっかける?
まさか!
クローゼットに並んでいたシミのついたドレスを思い出した。
「な、なぜお茶をかけられなくちゃいけないのでしょう……」
アイリーンが何をしたの?
「はぁ?生意気に口答えする気?」
どんっと肩を小突かれる。
「あんたが帰りやすいように協力してあげるっていっているの!」
「そうよ!ドレスを汚してしまったので帰りますって、言い訳が立つでしょう?」
「ああ、でも、お茶すらもったいないかしら?」
「そうね。そこにしりもちでもついたらいいんだわ!」
どんっと押されてよろめく。
もしかしたら普通の令嬢ではすぐに転んでしまったかもしれない。
だけど、私は普段から力仕事もしていたため足腰は強い方で転ばずに済んだ。
再び令嬢が私を転ばせようと手を伸ばしてきたので、その場を駆けだした。
どうして、アイリーンがこんな目にあわないといけないの?
庶民の娘?
違う。
駆けだした私を、お父様がちらりと見た。
え?いつからお父様は私を見ていたの?
他の令嬢に転ばされそうになっているのも見ていた?
何故、他人事のように見ているの?
ぞっとしてそのままお茶会の会場から距離を取ろうと、庭園へ向かう。
バクバクと心臓が波打つ。
アイリーンの父親は子爵だわ。だから、子爵の子よ。お義母様が庶民だったと言っても……。お義母様のお母様は男爵家から商家に嫁いだのだから、庶民と言っても、2代前は貴族でしょう?
それなのに、どうしてここまで言われるの?
他にも裕福な商家から嫁を貰って支援してもらっている男爵家だっているでしょう?
どうして。




