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お母様はお父様の子だと信じて貰いたかった。だから、私もお父様に認めてもらおうと頑張った。
けど……。もう、いい。
「はい。刺繍の材料を買いに行った時に、すでに刺繍が施されているハンカチが売られていました。そこにもこのような色のハンカチは置いてありませんでした」
「そうだろう。分かっていて、私に恥をかかせる気だったのか!」
お父様がさらに怒りを募らせる。
いつもなら申し訳ありませんと頭を下げて終わっていただろう。
でも、もういい。頭は下げない。だって、悪いことをしたつもりはないのだから。
「いくらでもお店に行けば買うことができるハンカチじゃないものをと、ジョアンナ様に紫のハンカチを選び贈りました。気に入っていただき、知り合いにもと頼まれましたけれど……。お父様はどこにでも売っているような白いハンカチをお望みでしたら、今から買いに行ってまいります」
ぺこりと頭を下げて部屋を退出しようとしたときに、お父様の手が伸びて私の肩を乱暴につかんだ。
「仕方がない。今から買いに行ったのでは遅れてしまう。今回はそれで構わない。よこせ!」
先ほど私に投げつけたハンカチを今度は私の手から奪った。
あっけないなぁと思った。
頭を下げなくても、こんなにあっけなく終わるのか……と。
「お前もさっさと準備をしろ!午後からお茶会に行くぞ!」
お父様の言葉に首をかしげる。
「え?次は、1か月ほど先の参加だったのでは?」
「予定等すぐに変わる。早く支度をしてこい!」
どこのお茶会だろう……。
子爵家のうちが参加できるのは、せいぜい伯爵家主催のものまでだったはずだ。
ルード様に会うとは思わないけれど……。
もし、会ったらどうしよう。
……ふふ。もう関わらないでくださいって私から言ったのに。もし会っても、もう視線を合わせることもないのに。
クローゼットを開く。
一人で着られるドレスは昨日着てしまった。
「あ、これ……」
袖が取れていて直してアイロンをかけたドレスも一人で着られるタイプのドレスだ。薄い黄色い色。
着替えて、髪を整える。とはいえ、カツラだとばれないようにするため凝った髪型にもできない。まぁ一人じゃどうにもならないから地毛でも一緒だっただろうけれど。
それから見様見真似の化粧。徹夜だったので、気を抜くと眠気に襲われる。
お父様と一緒に向かったのは、子爵家主催のお茶会だ。
主催者に挨拶すると、早々にお父様は私のことは忘れてしまったかのように、周りの参加者に話しかけていく。
「いやぁ、実はうちのアイリーン、侯爵夫人のジョアンナ様に気に入られましてねぇ」
「え?アイリーン嬢が?接点がありましたかな?」
「アイリーンが作ったハンカチに目が留まったようで。そりゃもう、うちの娘は刺繍が得意で」
「ほう、だが、刺繍が得意というなら、うちの娘だって負けておりませんぞ」
「どうですかなぁ。ありきたりのハンカチでは目に留まることなどでないと思いますけどねぇ」
お父様がそう言いながら私が刺繍をした濃紺色のハンカチを出して見せている。
「こ、これは……」
「驚くでしょう?センスがいいと言いますか。これでなんと先日は侯爵様のお屋敷に御呼ばれして1泊したほどですよ」
「それは、本当に気に入られたのでしょう」
お父様がそこで、わざとらしく物を取り落とした。
「おっと、失礼。出がけに手紙を読み返していてポケットに入れっぱなしになっていたようだ」
どうやら、侯爵家の紋のはいった手紙を落としたみたいだ。
……そうか。