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「ああ、そうか、ヴァイオレッタの……」
アイリーンの部屋にはアイリーンの品が。
隣にはヴァイオレッタの部屋もある。私の部屋は屋根裏だけれど、ヴァイオレッタが使っていることになっている部屋だ。
アイリーンがヴァイオレッタとして夜会に出るときにはそちらの部屋で準備をしているのだ。クローゼットを開くと、アイリーンの淡い色のドレスとは違い、濃い色のドレスがずらりと並んでいた。紫に真っ赤。黒もある。
婚約者の目の色や髪の色に合わせたドレスを着ることもあるっていうけど……。
黒髪のルード様の隣に黒いドレスで並ぶ姿を思い浮かべる。
「あー、もう嫌になる……!そんなことないのに」
ハンガーにかけてあるドレスとは別に、引き出しには思った通り、同じように破れて修復不可能そうなドレスがあった。
色は濃紺……。
ハンカチと言えば、主流は白だ。色が入っているといっても、淡いい色。
ジョアンナ様に贈ったハンカチも、刺繍した花こそ濃い色も混じっていたけど布の色は薄目の紫だった。
「流石に、濃紺はないかしら?」
考えている時間はない。
ピンクよりはましだろう。
ハンカチの大きさに布にドレスのスカート部分をカット。残りはまた後でいい。
白い糸で四つ角に飾り模様を入れる。男性用であれば、花は控えめがいいだろう。
1つの角に、ひし形の飾り模様。これが一番時間がかかる。その中にお父様のイニシャルを入れるデザインでどうだろう。
朝までの時間を考え、刺繍を終えた後に洗ってアイロンするところまで計算すると……。また徹夜するしかなさそうだ。
夢中でハンカチに刺繍していると、ノックの音が響きミリアが来た。
「お嬢様……無理をなさらないでくださいね。夕食を運んできますね」
無理をしないで……その一言が胸にしみる。
「夕食を召し上がってください。その間に、少しお手伝いいたします。針に糸を通しておくくらいはできますから」
ミリアは、夕食だけではなく、夜食にと余分にパンを持ってきてくれた。それから、十分な明るさが取れるようにと、普段よりも多くランプを用意してくれる。
「食器はそのままにしていただいて構いません。明日の朝に回収いたしますので」
そういってミリアは部屋を出て行った。
「夜食まで用意してくれるなんて……」
食事を抜かれたり、わざとパンを落とされたりしていた日々を思い出す。
……彼女たちは子爵家をやめた後どこで働いているのだろう?同じようにひどいことをしているのだろうか?
あの時は、家族以外にどう思われても悲しくもなんともないと思っていたけれど。
そうじゃなかった。
そうじゃないのを私は知っていたのに。
マーサ……もしもう一度会えたら……嫌われていたら辛い。
ミリアにも……嫌われたくない。
それから……。お母様の友達だったというジョアンナ様にも。
むしろ。
なぜ……私は、お父様に嫌われることを辛いと思っていたのだろう……。
「おい、ハンカチはできたのか?」
お昼前にお父様が部屋に来た。
もっと朝早い時間に言われると思ったので、すでにハンカチは出来上がっている。
「はい」
濃紺に白糸で刺繍をしたハンカチを差し出す。
「なんだこれは!こんな色のハンカチなど見たこともない」
バシッとせっかく刺繍をしたハンカチを投げつけられた。
ぎゅっと拳を握り締める。
手の平にいっぱい汗をかいている。
……怖い。でも、だけど……。嫌われたくないという思いはもうないのだ。
今だって好かれていない。たくさん努力してきたけれど、お父様に好かれることはなかった。それどころか、お父様からすれば、私は自分の子じゃないと思い続けている。
他人だ。
他人……。それを受け入れればよかった。




