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「お嬢様、お待たせいたしました」
ミリアがアイロンを持ってきてくれた。
「ありがとう。あの、頼み事ばかリして申し訳ないけれど、この手紙をジョアンナ様……侯爵家に届けてくださらない?できれば、あなたの手で今すぐに……」
「はい。かしこまりました」
ミリアはすぐにポケットに手紙を入れた。
「あ、待って」
慌てて、もう一つ手紙をしたためる。
「付いてきて」
お父様の執務室へ向かう。
「なんの用だ?刺繍を知ろと言っただろう」
「はい、その準備は進めておりますが……その」
あとで書いた手紙をお父様に見せる。
「ジョアンナ様にお礼の手紙を出した方がいいのではないかと思いまして……」
お父様がハッとする。
「もちろんだ。当たり前だ!今お前に書くように言おうとしていたところだ。どれ、見せてみろ。……うん、いいだろう。じゃあ、さっそく届けさせる」
お父様が使用人を呼ぶ前に口を挟む。
「あの、この侍女に届けさせても構いませんか?」
お父様が眉を寄せた。
「侍女に?」
「実は刺繍に必要な物がも買ってきていただきたいのです。ジョアンナ様のお屋敷へ行った帰りにちょうど頼めるのではないかと……。通り道に店はありますし……。その、刺繍の材料に関してはある程度知識がある者に頼みたいのですが……」
お父様がああ分かったと頷いた。
ほっと息を吐き出す。
「じゃあ、お願いします」
ミリアと執務室を出て、足りない刺繍糸を買ってきて欲しいとお金を渡す。
これで、侍女が侯爵家へと手紙を届けに行っても不審がられないだろう。
布を洗って、絞って干す。それから袖を直したドレスにアイロンを当てる。
少し乾いた布にアイロンをして乾かしていく。
「これで最後」
アイロンをかけ終わってからから、布の端をぬってハンカチにしていく。
それからやっと刺繍だ。
花の形を思い出しながら、花びら1枚1枚丁寧に刺繍していく。
白いモス・フロックス。。ピンクのハンカチに白い花を散らしていく。
どれくらい散らせばいいだろう。ハンカチ全体に刺繍してしまうと、使いにくくなってしまいそうだ。
あと、ここと、ここに……2つくらい花を刺しておしまいにしよう。
と、ハンカチを両手で持ち上げて全体のバランスを見ているところでノックが響いた。
もう食事の時間だろうか?
お父様に言われて使用人が近づくことはないし、お父様はノックをすることもない。
ドアを開くと、ミリアがいた。
「買ってまいりました」
刺繍糸を差し出すミリア。
「うわー、素敵ですね。白い刺繍糸を何に使うのかと思ってたんですよ。色のついた布のハンカチは初めて見ました。綺麗ですね。とってもかわいいです」
机の上に置いた作りかけのハンカチに目を止めたようだ。
目を輝かせてハンカチを褒めてくれる。
「ありがとう」
ミリアにも刺繍してあげたい。
ハンカチにはできない小さい布なら使っても怒られないかな。糸も少しなら使っても分からない?




