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「まだお腹は目立っていないようだが、あのように締め付けるドレスはやめるように。それから倒れたのは脳貧血というものだろう。急な動きをすると妊婦は意識を失うことが時々あるから、ダンスなどもしないように。いや、もう舞踏会に出るのはやめた方がいいでしょう」

 お医者様が帰ってから、お父様はすぐにアイリーンに詰め寄る。

「アイリーン、どういうことだ!妊娠だと?父親は誰だっ!」

 アイリーンはすでに意識を取り戻して、ベッドに座っていた。

「知らないわよ」

「し、知らないって、どういうことなの?」

 お義母様の言葉に、アイリーンは大きくため息を吐き出す。

「生まれて目の色や髪の色を見ればわかるかもね」

「そ、それは、つまり……不特定多数の男性と関係を持って、誰の子を妊娠したのか分からないということか……」

 わなわなとショックと怒りにお父様がこぶしを握って震えている。

「不特定多数なんて娘を何だと思ってるのよ。せいぜい20人よ。私にだって好みってものがあるんだもの」

 お父様が頭を抱えた。

「大丈夫よ。私は好みにうるさいのよ。ハンサムだし、優しいし、みんな色々贈り物をくれるお金持ちばっかりだから。誰の子だったとしても大丈夫よ」

 アイリーンがにっこりと笑う。

「でも、婚姻前に妊娠だなんて……なんて言われるか……」

 お義母様が強く両手を握り締めていた。

「ぷっ。やだ、お母様がそれを言うの?」

「だから、言うのよ。いろいろ陰口をたたかれ、辛い目にあなたを合わせたくないのよ」

 アイリーンが私を見た。

「いやだわ、お母様もお父様も。結婚前に妊娠して子供を産むのは、私じゃないわよ?」

 アイリーンはかぶっていた茶色のカツラを外した。

「お義姉様が、子供を産むのよ」

「え?」

 思わず声が出た。

「え?じゃないわよ。関係を持ったのは、ヴァイオレッタだもの。当然でしょ?」

 アイリーンはカツラを私に投げつけ、立ち上がると椅子に座りなおした。

「あー、お腹が空いたわ。何か食べる物を持ってきて頂戴」

「私が子供を産むって……どういうことなの?」

 妊娠したのはアイリーンだ。私のお腹には子供はいない。

「あー、もう、分かんないの?しばらく私は領地で隠れて過ごすわ。ヴァイオレッタは体調を崩して舞踏会に出られないとでも言っておけばいいわよ。今日倒れたこともちょうどいいわよね」

 お父様が手を打った。

「そうだな、そうだ。ヴァイオレッタが産んだことにすればいいんだな。子供が生まれたら、髪と目の色で父親に交渉すればいいってわけだ。もちろん、ヴァイオレッタ、お前がな!」

 お義母様も頷いた。

「そうね。アイリーンは妊娠なんてしてない。……そうだわ、何回かヴァイオレッタ、あんたがアイリーンのドレスを着てお茶会や夜会に出なさい。お腹が膨らんでなかったってアリバイを作るのよ」

 信じられない。

 あまりのことに何も返事を返すことができなかった。

 だって……。

「アイリーンは……子供を手放すというの?」

 私が産んだことにして父親らしい人と結婚しろということは、子供を私が育てろということだよね?

 どうして、そんなことができるの?

「ふんっ。今ね、私がどれだけ素敵な殿方からアプローチを受けてるか分かってる?上手く言えば、上位貴族の仲間入りよ?それを、棒に振るつもりはないわ。子供なんてまた作ればいいんだし。っていうか、私の子を育てたくないっていうなら乳母でもなんでも人に任せればいいでしょう?」

「わ、私が断ったら?」


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