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「あ、あの、大したことじゃないのよ。その部屋にこもっているのは、刺繍をしているからだし……通いの使用人しかいないから、えっと、夜は当たり前に身の回りのことは自分でしなければならないから……えっと……」」
アイリーンのフリをするってどうしたらいいのか分からずに、とっさに言葉が出てこない。
悲劇のヒロインっぽく虐められていることを肯定して涙を浮かべた方がよかったのだろうか。
それとも、お義姉様はそんなことしませんと、庇うような言葉を口にするべきだったのか。
ただ、自室にこもっていることと自分で身の回りのことをしている理由だけ、不自然の内容に言うだけがやっとだ。
「ヴァイオレッタ様が領地に行く前は泊まりの使用人もいたはずですよね。それなのに、当たり前に身の回りのことをしていらしたのですか?」
何故か侍女は私の言い訳を聞いて不審な点を挙げた。
ジョアンナ様にばれてしまったのだから、もっといろいろ事前に言い訳なども考えてなり切らなければならなかったのだろう……。失敗した……。どう言えばいいだろう。
「……どうぞ、遠慮なく仕事を頼んでください」
侍女が私の手から水の入ったバケツを取り上げた。
「今はヴァイオレッタ様もいらっしゃいません。アイリーン様のお世話をしても誰が責めましょうか?」
「あ、でも、あの……」
お父様が何か言うかも……いえ、お父様はわざわざ私が何をしているのかなんて気にも留めないかもしれない。
「ヴァイオレッタ様が戻ってからは、表立ってお助けすることはできないかもしれませんが……それでも私はアイリーン様の味方でいますから……おかわいそうに……」
どうやら、この侍女はとても正義感が強い女性のようだ。
「大丈夫……で……」
大丈夫だと言おうとしただけなのに。
泣きそうになってしまった。
「ありがとう……あの……」
遠ざけた方がいいのに。侍女にとっては、私と関わることで首になってしまうかもしれないのに。
「ミリアです。ミリアとお呼びください」
「ありがとうミリア……」
味方だという言葉に、胸がいっぱいになってしまった。
どうして、アイリーンの姿をしているだけで、こんなにもみんなは優しくしてくれるんだろう。
髪の毛の色が違うだけなのに……。
嬉しさと、悲しさと、複雑な思いが胸に押し寄せる。
いいえ、違う。そうじゃない。ジョアンナナ様は私がアイリーンじゃないと知っても優しい言葉をかけてくれた。
ミリアが……もし、子爵家を首になったらジョアンナ様に助けてもらえるかもしれない。
不当に解雇されましたが心優し侍女だと、就職先を紹介してもらえるかもしれない。
どちらにしても……。
アイリーンが帰ってきたら、また使用人をお父様は総入れ替えするかもしれない。
だったら……。
侍女が私の手から取ったバケツに手を伸ばす。
侍女……ミリアが、私の手からバケツを遠ざけようとした。
「これは私が運ぶから、アイロンを持ってきてくれる?」
頼みごとをすると、ミリアはぱっと顔を輝かせて頷いた。
「はい。かしこまりました、お嬢様」
バケツを受け取って部屋へと戻る。
ミリアが戻ってくるまでに、急いで手紙を書く。
ジョアンナ様宛てに。
お願いがありますと。使用人が入れ替わり、とてもよくしてくれる人が首になってしまったときに、新しい職場を紹介してくれませんか?
……と。もし、ジョアンナ様が了解してくれたら……。アイリーンが戻ってくるまでの半年ほど。
ミリアともう少し親しくなれたらいい。
庶民の暮らしとはどういうものか。ミリアには子供がいるのだろうか?だとしたら子育てについても聞きたい。
たくさん教えてもらいたいことがある。
手紙を書き終えて封筒に入れて封をしたところでノックが聞こえた。